10〜20歳に多く見られ、日本での罹患者数は約4万人以上。多彩な臨床像を伴うことが多い。 関節症状:関節痛・関節炎(約40%)インフリキシマブ(レミケード®):潰瘍性大腸炎にも適応。

クローン病(クローンびょう、英: Crohn's disease、略: CD)は、主として口腔から肛門までの全消化管に、非連続性の慢性肉芽腫性炎症を生じる原因不明の炎症性疾患で、厚生労働省より特定疾患に指定されている。

潰瘍性大腸炎とともに炎症性腸疾患(IBD:Inflammatory bowel disease)に分類される。

1932年にニューヨーク大学のマウントサイナイ病院の内科医ブリル・バーナード・クローンらによって限局性回腸炎として報告される[1]。後に病名は改められたが回腸、特に回腸末端から盲腸にかけての回盲部に好発する点は確かである。

10〜20歳に多く見られ、日本での罹患者数は約4万人以上で、潰瘍性大腸炎よりは罹患者数は少なく、中高年での発症はほとんど無い。発症年齢は女性で15〜19歳、男性で20〜24歳が最も多くみられる[2]。

現在でも、クローン病を発症する正確なしくみはわかっていない。遺伝的な素因を持ち、免疫系の異常(主としてマクロファージが腫瘍壊死因子αというサイトカインを分泌して腸壁の正常細胞を傷害すること)がおこり、その上で食事因子などの環境的な因子が関係しているのではないかと考えられている。若年層での発症が顕著であり欧米先進国での患者数が圧倒的に多いため、食生活の欧米化、即ち動物性蛋白質や脂質の摂取が関係しているともいわれる。

欧米では、クローン病のかかりやすさは特にNod2 (IBD1) の機能欠損多型やHLAの多型により強く影響を受けるが、日本人ではNod2との関わりは明確ではない。近年、日本人クローン病とTNFSF15 (TL1A) というサイトカインの遺伝子との関連が報告された。TL1Aは腸管の炎症に関連しているサイトカインで、クローン病の病変部での発現が増加していることがわかっているが、これと遺伝子多型との関連についてはいまだ不明である。

2007年、リバプール大学のJon Rhodes らが、畜牛にヨーネ病と呼ばれる下痢を伴う消耗性疾患を引き起こす細菌であるMycobacterium avium subsp. paratuberculosisが、牛乳やその他の乳製品を経由してヒトの体内に侵入し、クローン病を引きおこしている可能性があるとしている[要出典]が、Mycobacterium の関与を否定する報告もある[3]。

皮膚合併症として脚に紅斑が発生するなどの症状が見られる。本疾患の病変は消化管全域に起こりうるため、その症状は多岐にわたり、それらが断続的にみられることがある。口腔から肛門までの全消化管を侵すが[1]、多くは小腸・回盲部・肛門周囲に好発する。病変部位別に小腸のみに病変のある「小腸型」、大腸のみに病変のある「大腸型」、どちらにも病変のある「小腸・大腸型」に分けられ、小腸・大腸型が多くを占めている。

自覚症状としては、多くの場合「腹痛(約80%)」「下痢(約80%)」が主な症状である。その他高率に見られる症状として「発熱」「体重減少」「肛門病変(痔瘻・裂肛・肛門潰瘍等)」「嘔吐」等があり、潰瘍性大腸炎で多く見られる「血便」はそれほど高頻度ではない。

クローン病は消化管粘膜の全層性の炎症性疾患のため、炎症が激しい状態では消化管の「潰瘍」「狭窄」「瘻孔」(ろうこう)「穿孔」といった変化を生じてくること多く、腸閉塞や消化管穿孔を生じてくる場合は、消化管腸切除等の外科的処置を必要とする場合も多い。

クローン病は消化管以外にも、以下のような多彩な臨床像を伴うことが多い。

関節症状:関節痛・関節炎(約40%)
皮膚症状:結節性紅斑、壊疽性膿皮症[4][5]、Sweet病
眼症状:虹彩

CRP・赤沈が活動性に相関する検査として用いられる。また炎症反応のバイオマーカーとして「便中カルプロテクチン(FC)」・「便中ラクトフェリン(FL)」・TCP-353抗体測定評価を行うこともある。

クローン病では以下の内視鏡所見が特徴とされる。基本的に大腸内視鏡の他に上部消化管内視鏡検査も含めた全消化管検査が行われる。小腸の病変精査に対して小腸内視鏡検査や、またカプセル内視鏡検査も行われるが、狭窄病変があった場合にカプセル停滞となる場合もあるため注意して施行される。

非連続性病変
敷石像
縦走潰瘍
多発性アフタ:自覚症状のあるものとして口腔内アフタが多く見られる
狭窄病変・裂溝・瘻孔病変
竹節状変化:胃の病変においてみられることが多い

X線検査による消化管造影検査においても、上記の内視鏡所見が認められる。小腸の病変が多いため、小腸の病変検索においては内視鏡検査ではなく、消化管造影検査が多用され有用である。

簡便に行われることで粗大変化等のスクリーニングに多用されている。また、近年は3D再構築による「CT MRI-Colonography(疑似内視鏡検査)」検査も行われる。

クローン病の病理所見としては以下が特徴とされる。

非乾酪性類上皮細胞肉芽腫:微小な肉芽腫が多数形成(ただし組織検査での検出率は多くても50%程度)
消化管粘膜の全層性炎症所見:リンパ球浸潤を多く認める炎症像
裂溝形成:リンパ管に伴う組織欠損像
潰瘍病変:粘膜の潰瘍が縦走性に認められる(これに対し腸結核では輪状の潰瘍性病変を生じる)。
飛び石状病変:潰瘍性大腸炎とは異なり非連続性に病変を認める。

基本的に臨床像・消化管像(内視鏡所見・消化管造影所見)・病理所見によって診断される。

特定疾患であり申請により公費助成適応のため、一般的に旧厚生省クローン病診断基準が広く用いられている。

根治することは無く、寛解状態へ導入し維持していくことが治療目標である。治療は、栄養療法(食事療法)や薬物療法といった内科的治療が行われ、消化管狭窄・消化管穿孔等に対して外科的治療が行われる。以前では食事療法と薬物療法の併用が多く行われてきたが、欧米を中心に現在では薬物療法が中心である。

腸管を安静におくことで寛解状態に導入し、炎症が抑えられて症状の改善がみられる。症状が重く消化管からの栄養摂取が行えない場合は、食事制限と併用し高カロリー輸液による栄養補給を行う。食事制限(絶食療法)は、重症例では絶飲食が続くこともあり、しかも寛解維持のためには食事制限は継続的に行わなければならない上に、成分栄養剤を摂取する必要もある。具体的には栄養剤を併用しながら脂質の摂取制限に始まり、肉類の制限や繊維質の食品を避けるように指導される。つまり、抗原性を示さないアミノ酸を主体とする食物と、脂肪量を減らした食物などが中心となる。炎症を起こしにくい食事として一般的には、「低脂肪」、「低残渣」の食事が推奨される。しかし近年では狭窄のない場合に限っては繊維質の制限を行わないこともある。

治療は基本的に寛解維持療法・寛解導入療法共に薬物療法が基本となる。

サリチル酸製剤
 
 
分子標的治療薬
 
 
 
 
 
副腎皮質ホルモン剤ステロイド
 
免疫抑制剤
 


原発性硬化性胆管炎

基本的に外科的治療は行わないが、内科的治療が有効でない強度の狭窄や腸閉塞を起こした場合、同じく穿孔、瘻孔や膿瘍を伴う場合は手術適応となる。その場合においても可能な限り短腸症候群を避けるために切除は最小限に抑えられ、狭窄形成術などが行われる。手術によって病変は取り除かれても再発率は極めて高く、特に術後の再接合部に再発することが多い。

潰瘍性大腸炎と共に炎症発生機序の要点となる白血球または白血球の内の顆粒球を取り除く治療法。

本疾患は寛解期と活動期を繰り返す慢性的疾患であり、現在では完治させることは不可能であるが、直接的に生命にかかわることは少ない。しかし、手術率は発症後5年で33.3%、10年で70.8%と高く、さらに手術後の再手術率も5年で28%と高率であることから、再燃・再発予防が重要である。診断後10年の累積生存率は96.9%。

慢性疾患のため、日常生活を送りながらの闘病となる。また、一般には認知度が高くないため、病気の啓発や理解を進める活動が求められてきた。近年では、患者当事者、支援者が集まりクローン病や大腸性疾患に関して情報交換を行う団体TOKYO IBDや難病支援NPOなど精神的支援が次第に増えてきている。

 

 

何らかの性質を満たすものが存在することを証明するにもかかわらず、どれがその性質を満たすのかについては何も分からない。チェックが多項式時間でできないにもかかわらず、鳩の巣原理により存在性のみが言える例もある 。無限がからんだ場合、鳩の巣原理を使わないとおよそ証明できない命題を証明できる場合がある。 これはすなわち、f が単射でない事と同値である。

鳩の巣原理(はとのすげんり、英: Pigeonhole principle)またはディリクレの箱入れ原理(ディリクレのはこいれげんり、英: Dirichlet's box principle, Dirichlet's drawer principle)、あるいは部屋割り論法とは、n 個の物を m 個の箱に入れるとき、n > m であれば、少なくとも1個の箱には1個より多い物が中にある、という原理である。別の言い方をすれば、1つの箱に1つの物を入れるとき、m 個の箱には最大 m 個の物しか入れることができない(もう1つ物を入れたいなら、箱の1つを再利用しないといけないから)、ということである。

鳩の巣原理は数え上げ問題の例の一つで、一対一対応ができない無限集合など、多くの形式的問題に適用できる。

この原理に関する最初の記述は、ディリクレが1834年に "Schubfachprinzip"(「引き出し原理」)の名前で書いたものであると信じられている。また、ディリクレが発見したためディリクレの原理と呼ばれることもある(同名の、調和関数における最小原理と混同してはいけない)。日本語では、以上の「—原理」はすべて「—論法」と訳されることもある。

この原理は、ディオファントス近似において、小さな係数を持ち、なおかつ指定された解をもつ線形方程式系の存在を示すために応用される。この方法は、「ジーゲルの補題」という名前で知られる。発見者であるディリクレ自身、そのような高度な技巧を経由するものではないがディオファントス近似に関する彼の定理を証明するためにこの原理を用いている。また、さらに一般的な数学的構造においても類似の定理が数多く存在することが知られている。

わかりやすい例を挙げよう。野球をやりたい子どもが5人いるが、チームは4つしかなかったとする。ここで、5人の全員が、自分以外の4人の誰とも同じチームでプレーするのを拒否すると、問題が起こる。鳩の巣原理によれば、5人を4つのチームに割り当てようとすると、必ず誰か2人は同じチームになってしまう。お互い同じチームでプレーするのは嫌がっているのだから、結局、野球ができる最大の人数は4人になってしまう。

こうしてみると、鳩の巣原理は一見自明に思われるかもしれないが、突拍子もない結果を論証するのに使われることもある。たとえば「ロンドンには、同じ本数の髪の毛を持った少なくとも2人の人間が存在する」を証明してみよう。ふつう、髪の毛の本数は15万本ほどであるから、100万本以上の髪の毛を持っている人間はいないと考えることができる。一方で、ロンドンの人口は100万を超える。もし、髪の毛の本数ごとに鳩の巣を割り当て、巣にロンドンの人々を割り当てるなら、(当然の下限である0本から上限として置いた99万9999本までの巣に100万を超える人々を割り当てるのだから)少なくとも同じ髪の毛の本数を持った2人の人間が必ず存在する。

もう1つのきわめて有名な例は、世界中からランダムに6人を集めてくると、その6人から、互いに全員知り合いであるか、あるいは互いに全く知り合いでない3人組を必ず1組は作ることができる、というものである。詳細は、ラムゼーの定理および組合せ数学のラムゼー理論の項を参照。

鳩の巣原理は、計算機科学の分野ではしばしば現れる。たとえば、ハッシュテーブルでは、通常利用されるキーの種類は配列のインデックスの取りうる値の数を上回ることから、ハッシュ値の衝突は避けられない。この衝突を回避できるハッシュアルゴリズムが存在しえないことは、この原理によって証明されている。また、どんな可逆圧縮アルゴリズムも特定のデータに対しては、元よりもデータ量の大きな形に変換せざるを得ない。「圧縮」アルゴリズムである以上、あるnバイトの元データを(n-1)バイト以下に変換できるはずであるが、このとき、元々(n-1)バイト以下である 2n-1 種類の元データのうち少なくとも1つをnバイト以上に変換するようにしなければ、2n 種類の元データを 2n-1 通りのデータに変換することになる。鳩の巣原理により、少なくとも1つの変換後データは2つ以上の元データに対応することになり、伸張はどうなるのか不明になってしまう。

前述した「ロンドンには、同じ本数の髪の毛を持った少なくとも2人の人間が存在する」ということの証明の面白いところは、同じ本数の髪の毛の人が存在することを証明しているにもかかわらず、具体的にどの2人が同じ本数の髪の毛を持つのかは分からないということである。鳩の巣原理を使った証明にはこのような特徴をもつものが多く、何らかの性質を満たすものが存在することを証明するにもかかわらず、どれがその性質を満たすのかについては何も分からない。 もちろん100万人以上いるロンドン市民の髪の毛の本数を全員チェックすればどの2人が同じ本数の髪の毛を持つのか分かるが、このような非効率的なことをしなくても定理が証明できるのが鳩の巣原理の利点である。 (チェックが多項式時間でできないにもかかわらず、鳩の巣原理により存在性のみが言える例もある )。

この特徴のため、鳩の巣原理は定理を証明する強力な道具になる。 実際、無限がからんだ場合、鳩の巣原理を使わないとおよそ証明できない命題を証明できる場合がある。 前述の例を少しだけ改変して、「30万以上の人口を持つ任意の都市Xに対し、Xには同じ本数の髪の毛を持った少なくとも2人の人間が存在する」という命題を考える。 世界にあるそのような都市の数が有限であれば、全ての都市にいる全ての人間の髪の毛の本数を数えることで上述の命題の真偽がチェックできるが、 そのような都市の数が無限であれば、全ての都市についてチェックするのは原理的に不可能である。 しかし鳩の巣原理を使えば、たとえそのような都市の数が無限であってもこの定理が真であることを一瞬にして証明できる。

鳩の巣原理を一般化する。n 個の離散的な対象を m 個の入れ物に割り当てるとすると、少なくとも1個の入れ物には、 個より少なくない対象が割り当てられている。ここで は天井関数のことであり、x に等しいか、xより大きい最小の整数を表す。

鳩の巣原理はさらに一般化され、グラフなどのより複雑な数学的構造、また算術的な関係などに対しても類似の定理が知られている(ラムゼーの定理など)。それらをラムゼー型の定理という。

濃度に関する一般化を述べる為にまず鳩の巣原理を集合の言葉で言い換える。

A を鳩の集合とし、B を巣の集合とする。すると、鳩に巣を対応させる行為は A の元に B の元を対応させる写像f とみなせる。

鳩の巣原理は、A 、B が有限集合で、 A の元の数が B の元の数より大きいとき、2羽の鳩が同じ巣に入ることを意味しており、これはすなわち、f が単射でない事と同値である。

より一般に(有限とは限らない)集合A、Bについて、fをAからBへの関数とする。 このときAの濃度がBの濃度より大きければ、fは単射ではありえない(このことは濃度の大小の定義から直ちに出る)。

次に、確率的な一般化を述べる。n 羽の鳩が m個のそれぞれの巣へ 1 / m の確率で入れられるとすると、少なくとも1つの巣が2羽以上の鳩に占められる確率は、


ただし、m(n) は下降階乗冪。n = 0, 1(で m > 0)のとき、確率は0である。言い換えれば、鳩が1羽のとき、衝突は起こらない。n > m であれば(鳩が巣より多ければ)、通常の鳩の巣原理を使い、確率は1である。しかし、たとえ鳩が巣より少なかったとしても(n < m でも)、巣への鳩の割当ての無作為性により、衝突が起こる可能性は十分にある。たとえば4個の巣に2羽の鳩ならば、少なくとも1つの巣が2羽以上の鳩に占められる確率は 25%。10個に5羽なら確率は 69.76% であり、20個に10羽なら 93.45% である。この問題は、もっと十分な長さでは、誕生日のパラドックスで扱われている。

 

 

 

 

赤色光吸収タンパク質(フィコシアニン)と緑色光吸収タンパク質(フィコエリスリン)

比率が赤色光と緑色光によって調節される現象は古くから知られており、Complementary chromatic adaptation(補色順化)と呼ばれている。

Gloeobacter を除く他の藍色細菌は細胞内にチラコイド膜をもち、光化学系複合体などはおもにチラコイド膜に存在し、細胞膜にはほとんど存在しない。一方、原始的な Gloeobacter にはチラコイド膜はなく、細胞膜上に光化学系複合体が存在し、フィコビリソームは細胞膜の内側表面に結合している。多くの遺伝子の系統解析も、Gloeobacter がもっとも古く分岐したことを示しており、興味深い生きた化石といえる。

また、クロロフィルbやジビニルクロロフィルをもつ種ではPcbと呼ばれる特殊なクロロフィルa/b結合タンパク質をもつ種も存在する。Acaryochloris marinaという藍色細菌はクロロフィルaの代わりにクロロフィルdを主要な光合成色素としてもっている。光化学系Iや光化学系IIの反応中心では、クロロフィルdが光励起で電荷分離する光化学反応を起こすことが最近判明した。

炭酸固定の基質として、細胞内に重炭酸イオン(HCO3–) を大量に蓄積する。カルボキシソームにはルビスコ(リブロース1,5-ビスリン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ)と炭酸脱水酵素が存在し、細胞内に蓄積した重炭酸イオンから脱水反応で二酸化炭素を生成し、ルビスコに供給している。カルボキシソームは真核藻類のピレノイドとほぼ相同な器官といえる。炭酸固定の初期産物はホスホグリセリン酸で、C3型光合成といえるが、細胞内に大量に重炭酸イオンを濃縮するためほとんど光呼吸を示さない点はC4光合成に似ている。

Anabaena、Synechocystis、Thermosynechococcus 等の藍色細菌からは、シアノバクテリオクロムと呼ばれる独自のフィトクロム様の光受容体が発見されている。これまでに青 / 緑色光、緑 / 赤色光を受容するシアノバクテリオクロムが報告されており、補色順化や走行性の制御に関わることが示唆されている。

ゲノムサイズは小さいものは Prochlorococcus 類で180万塩基対、大きいものは Nostoc punctiforme でプラスミドを含めて900万塩基対を超える。これは7000個近くの遺伝子をもっており、真核生物の酵母や原始紅藻よりも多い。

糸状性藍色細菌にはさまざま細胞分化を示す種があり、高等な真正細菌といえる。ただし、すべての糸状性藍色細菌が細胞分化を示すわけではない。

ヘテロシスト(異質細胞、heterocyst):シストというが、休眠細胞ではなく、酸素がある条件で窒素固定を行うために分化した細胞。一部の糸状性藍色細菌で分化する。一度これに分化すると、再び栄養細胞には戻れない。また、窒素固定のための遺伝子を発現するために、染色体の不可逆的な組換をするものもいる。異質細胞の細胞壁は特別に肥厚し、酸素を発生する光化学系IIを失っており、酸素に弱い窒素固定酵素(ニトロゲナーゼ、nitrogenase)を酸素から守っている。

 

シアノバクテリア〜原核細胞であり、細胞内には他の藻類に見られるような細胞小器官を欠く。細胞内には、光合成の明反応を行うチラコイド膜、炭酸固定を行うカルボキシソーム、有機窒素の貯蔵用のシアノフィシン、リン貯蔵用のポリリン酸顆粒などが存在する。

藍藻(らんそう、blue-green algae)は、藍色細菌(らんしょくさいきん、cyanobacteria)の旧名である。藍色細菌は、シアノバクテリア、ラン色細菌とも呼ばれる細菌の1群であり、光合成によって酸素を生み出す酸素発生型光合成細菌である。単細胞で浮遊するもの、少数細胞の集団を作るもの、糸状に細胞が並んだ構造を持つものなどがある。また、ネンジュモなどの一部のものは寒天質に包まれて肉眼的な集団を形成する。

藍色細菌はその名の通り、青っぽい緑色、つまり藍色をした光合成細菌である。酸素非発生型の光合成細菌である紅色細菌、緑色細菌などと同様、菌体や培養液の色に由来する名称である。あまり大きなものはなく、顕微鏡下でのみ観察できる。単細胞単体のもの、少数細胞が群体的に集まったもの、細胞列が糸状に並んだものなどがある。糸状細胞には、偽分枝するものと真の分枝をするもの(スティゴネマ類)がある。細胞外に寒天質の鞘などを分泌してより大きな集団を作る例も知られる。また、一部には休眠細胞(アキネート)、連鎖体(ホルモゴニア)、異質細胞(ヘテロシスト)、内生胞子 (baeocyte) などの細胞の分化が見られる。

細胞には細胞壁(ペプチドグリカン)と脂質を含んだ外膜があり、グラム染色性陰性菌に分類できる。鞭毛を持つものはないが、線毛(繊毛ではない)をもち単細胞で運動するものや未知のしくみで糸状細胞が活発に滑走運動を行うものがある。ユレモの名はこれに由来するが、その運動の機構は十分にはわかっていない。窒素固定をするものがあり、ヘテロシストを形成してその細胞だけで窒素固定をするものと、ヘテロシストのような特別な細胞分化をせずに夜間にすべての細胞が窒素固定するものなどがある。

原核細胞であり、細胞内には他の藻類に見られるような細胞小器官を欠く。細胞内には、光合成の明反応を行うチラコイド膜、炭酸固定を行うカルボキシソーム、有機窒素の貯蔵用のシアノフィシン、リン貯蔵用のポリリン酸顆粒などが存在する。

ネンジュモ属のイシクラゲなどは湿った地上に、キクラゲのような姿で発生する。食用にすることもできる。この仲間は乾燥耐性が強く、何十年も乾燥状態で休眠できるものがいる。また、砂漠の砂土の表面でも増殖し、表土を固定する役割を果たしている。

温泉には、好熱性の種が生息している。知られているもっとも高い増殖温度は73℃という。また、南極や北極海でも生息が知られている。

一部の種は他の生物と共生している。アナベナはアカウキクサの葉に、ネンジュモ類はソテツやツノゴケ類の配偶体などに共生して、窒素固定産物を供給している。また菌類と共生して地衣類を形成するものもある。1975年に発見されたプロクロロン Prochloron はホヤと共生しており[3]、単独の培養はまだ成功していない。

かつて植物全体が単系統と考えられていた時代には、もっとも単純な藻類と考えられた。しかし、分類学の発展から原核・真核の区別が重視されるようになると、これが別の界(あるいはドメイン)におかれるようになった。また、細胞内共生説からは藍色細菌は真核藻類の祖先型ではなく、それらが持つ葉緑体の起源であると考えられるようになり、細胞本体に関しては系統上の連続性は認められなくなった。

細菌の16S_rRNA系統解析では緑色非硫黄細菌が光合成生物としてはもっとも初期に分岐したとされる。さらに光合成にかかわる遺伝子の配列解析では、紅色細菌がもっとも初期に分岐したという報告もある。このような知見が重なるとともに、生物間での遺伝子の移動がしばしば起こる現象であることが明らかになってきた(遺伝子の水平伝播)。また、多くの光合成細菌の近縁には非光合成細菌が見つかることは、光合成機能が進化の過程で容易に失われることを示している。なお、藍色細菌門なかには、非光合成の近縁種はまだ見つかっていない。とにかく、現生物の系統から光合成の進化を議論するには注意が必要であると認識されるようになった。

葉緑体とは異なり、藍色細菌のチラコイド膜では、光合成の電子伝達と酸素呼吸の電子伝達がプラストキノンなどを共有している。

 

有理数体上では[a, b]は連結でない

いま、定理の仮定を満たす関数 fについて Im(f) = {f(x) | x ∈ I} とおく。また、f(a) < γ < f(b) とする(どちらかの点に一致するときは定理は自明である)。このとき U= {α ∈ Im(f) | α < γ} と V = {β ∈ Im(f) | γ < β} とおくと、f(a) ∈ U, f(b) ∈ V だから、U, V は何れも空集合でなく、しかも互いに共通部分をもたない Im(f) 内の開集合である。

ここでもし γ が Im(f) に属さないならば、U と V は Im(f) を被覆する。しかしこれは上で述べた二つの事実から Im(f) が連結であることに矛盾する。ゆえに γ ∈ Im(f) すなわち適当な c ∈ I が存在して γ = f(c) となる。[証明終]

全順序集合 K を、一方が他方の全ての元よりも小であるような二つの組に分けたとする。


このような組 (A, B) をデデキント切断という。

以下では全順序集合Kとして有理数をとり、「切断が一つの数を確定する」ことを公理に採用して有理数の"隙間"を埋める形で、実数を構成する。仮に上記のA,Bをそれぞれ下組、上組としておく。

有理数の切断を与えることで、切断に対応する実数をただ一つ定めることができる。

一般に全順序集合の切断には、四つの場合が考えられる。

下組の最大元と上組の最小元がある。
下組には最大元があるが、上組に最小元がない。
上組には最小元があるが、下組に最大元がない。
下組の最大元、上組の最小元ともにない。
有理数の場合、稠密性から任意の二つの有理数の間に無数の有理数が存在するため、切断1は不可能である。切断2および切断3の場合は、それぞれ下組の最大元、上組の最小元にあたる有理数に対応し、切断4の場合は、無理数に対応する。

上記の方法による実数の定義は、実数の連続性と同値である。 実際、上記の方法で構成された実数に対して切断を行った場合、切断4は不可能となり、切断2もしくは切断3のいずれかになるため、対応する境界の元がただ一つ定まる。これをデデキントの定理と言う。

ベクトル場内の曲線に沿った粒子の軌跡。下に表示されているのは、曲線に沿って粒子が動いたときに粒子が出会う場のベクトルである。それらのベクトルと軌跡の各点における曲線の接ベクトルとの点乗積の和を取ったものが、求める線積分になる。特に積分路 C が閉経路であるならば、積分は必ず 0 になるため、ベクトル場 F は保存ベクトル場(英語版)と呼ばれる。また、物理学において、このような性質を持つ力の場を保存力と呼ぶ。

数学における線積分(せんせきぶん、英: line integral; 稀に path integral[注釈 1], curve integral, curvilinear integral)は、曲線に沿って評価された函数の値についての積分の総称。ベクトル解析や複素解析において重要な役割を演じる。閉曲線に沿う線積分を特に閉路積分(へいろせきぶん)あるいは周回積分(しゅうかいせきぶん)と呼び、専用の積分記号 が使われることもある。周回積分法は複素解析における重要な手法の一つである。

積分の対象となる函数は、スカラー場やベクトル場などとして与える。線積分の値は場の考えている曲線上での値に曲線上のあるスカラー函数(弧長、あるいはベクトル場については曲線上の微分ベクトルとの点乗積)による重み付けをしたものを「足し合わせた」ものとなる。この重み付けが、区間上で定義する積分と線積分とを分ける点である。

物理学における多くの単純な公式が、線積分で書くことによって自然に、連続的に変化させた場合についても一般化することができるようになる。例えば、力学的な仕事を表す式 W = F⋅sから曲線 C に沿っての仕事を表す式 W = ∫CF⋅ds を得る。例えば電場や重力場において運動する物体の成す仕事が計算できる。

n 次元実多様体 M の領域 Ω を考える。局所的には Ω ⊂ Rn と考えることができる。Ω 内の滑らかな曲線 γ: I → Ω が r = γ(t) = (γ1(t), γ2(t), …, γn(t)) で与えられているとき、s = s(t) が γ の弧長変数であるとは、それが線分 γ に沿って端点から測った γ の弧長を与えるものであることを言う。いま γ はなめらかであるから、その弧長は区間 I = [a, b] 上の各点 t0 に対して


で与えられる。特に s は


を満たすが、これはパラメータ t の取り方に依らず定まることに注意すべきである[1]。記号的には


に r = γ(t) を代入することで得られる。この dsを γ の線素(せんそ、line element)と呼ぶ。曲線が区分的に滑らかなら、微分可能な区間の和にわけて同じく弧長を定義することができる。

定性的には、ベクトル解析における線積分は、与えられた場の与えられた曲線に沿っての全体的な効果を計るものと考えることができる。より厳密に言えば、スカラー場上の線積分は、特定の曲線によって曲げられた場の下にある領域の面積と解釈できる。これは z = f(x, y) で定義する曲面と xy-平面上の曲線 C を使って視覚的に見ることができて、f の線積分は曲線 C の真上にある曲面上の点で切り取るときにできる「カーテン」の面積になる[2]。

スカラー場 f : U ⊆ Rn → R の滑らかな曲線 [a, b] ∋ t ↦ γ(t) = (γ1(t), γ2(t), …, γn(t)) に沿った各軸方向の線積分


で与えられる[3]。

このとき、函数 f を被積分函数 (integrand)、曲線 C を積分領域 (domain of integration) あるいは積分路 (path) と呼ぶ。

スカラー場 f : U ⊆ Rn → R の滑らかな曲線 C ⊂ U に沿った線素に関する線積分


と定義する(区分的に滑らかの場合は、滑らかな区間ごとの積分の和と定める)。ただし、r: [a, b] → C は、r(a) と r(b) が与えた曲線 C の両端点となるような、C の勝手な全単射媒介表示とする。

記号 ds は直観的には弧長の無限小成分としての線素と解釈できる。スカラー場の曲線 C に沿った線積分は、C の媒介表示 r の取り方に依らない。

上記の如く f, C を定め、C の媒介表示 r を取れば、スカラー場の線積分はリーマン和として構成することができる。区間 [a, b] を長さ Δt = (b− a)/n の n-個の小区間 [ti−1, ti] に分割し、曲線 C上に各小区間に対応する標本点 r(ti) をとる。標本点の集合 {r(ti) | 1 ≤ i ≤ n} に対して、標本点 r(ti−1) と r(ti) を結んでできる線分の集まりによって曲線 C を近似することができる。各標本点の間を結ぶ線分の長さを Δsi と書くことにすれば、積 f (r(ti))Δsi は、高さと幅が f&(r(ti)) と Δsi で与えられる矩形の符号付面積に対応する。それらの総和を取って、分割の各小区間の長さを 0に近づける極限


を考えるとき、曲線上の分点間の距離は


と書けるから、これを代入して得る


は、積分


に対応するリーマン和である。基本的にこの積分は、x = u(t) および y = v(t) となる制約条件下でスカラー函数 z = f(x, y) の下にある領域の面積になっている。

ベクトル場 F: U ⊆ Rn → Rn の r の向きへの区分的に滑らかな曲線 C ⊂ U に沿った線積分


と定義される。ただし、"⋅" はベクトルの内積であり、r: [a, b] → C は、r(a) と r(b) が曲線 Cの両端点となる C の全単射媒介表示とする。

従ってスカラー場の線積分は、各ベクトルが常に積分路に接するようなベクトル場の線積分に一致する。

ベクトル場の線積分は、絶対値に関しては媒介変数 r の取り方に依らないが、向きに関しては依存する。特に、媒介変数の向きを逆にすれば、線積分の符号が変わる。

ベクトル場の線積分も、スカラー場の線積分の場合とよく似た方法で導ける。ベクトル場 F、曲線 C、媒介表示 r(t) は上記の如くとして、リーマン和を構成しよう。区間 [a, b] を長さ Δt = (b − a)/n の n-個の小区間に分割し、i-番目の小区間から標本点 ti を取って、曲線上の分点 r(ti)を考える。ここでは分点間の距離を足し合わせるのではなくて、分点間の変位ベクトル Δsi を足し合わせる。前と同じく、F を放射曲線上の各点で評価して、それと曲線 C の各小片での Fの無限小寄与を与える変位ベクトルとの点乗積をとったもの全て和の、分割のサイズを 0 にする極限


を考える。曲線上の隣り合う分点の間の変位ベクトルは


と書けるから、代入してリーマン和


を得、これにより上記の線積分が定まる。

ベクトル場 F が何らかのスカラー場 G の勾配として


と書けるとき、G と r(t) との合成の導函数


は、F の r(t) 上の線積分の被積分函数である。従って、積分路 C を与えれば


が成り立つ。言い換えれば、F の C 上の積分は、点 r(b) および r(a) 上の G の値のみに依存し、それらを結ぶ積分路の取り方に依らない。特に積分路 C が閉経路であるならば、積分は必ず 0 になるため、ベクトル場 F は保存ベクトル場(英語版)と呼ばれる。また、物理学において、このような性質を持つ力の場を保存力と呼ぶ。

このことから、保存ベクトル場の線積分は経路独立 (path independent) あるいは「積分経路に依らない」と言う。

この線積分は物理学でよく用いる。たとえば、ベクトル場 F で表す力場の内側で曲線 C に沿って運動する粒子の成す仕事を F の C 上の線積分で表す。

積分複素解析における基本的な道具である。U を複素数平面 C の開集合、γ: [a, b] → Uを有限長曲線(英語版)とすると、函数 f: U → Cの線積分


は、区間 [a, b] の a = t0 < t1 < ⋯ < tn = b への細分を考えて得るリーマン和


の、小区間の幅を 0 に近づける極限として定義する。

γ が連続的微分可能な曲線ならば、この線積分の値は実変数函数積分


として評価することができる[4]。弧長に関する線積分も同様に


と定義できる[5]。これら二種類の線積分について、特に


が成り立つ。

複素函数の線積分を計算する方法はいろいろある。例えば、複素函数を実部と虚部に分けて考えれば、2 つの実数値線積分を計算する問題に帰着できる。コーシーの積分公式を用いて計算する方法もある。後者は複素線積分の被積分函数が、その積分路を含む領域内で解析的かつ特異点を含まないならば、その線積分の値は単に 0 になるというコーシーの積分定理からの帰結である。留数定理はコーシーの積分定理の一般化である。この定理は複素平面内の周回積分によって実函数(実変数実数値函数)の積分を計算するために、しばしば用いる。

複素函数 f(z) = 1/z と閉路 C として 0 を中心とする単位円を 1 から反時計回りに一周するもの考える。C は eit (t ∈ [0, 2π]) と媒介変数表示できるから、代入して


を得る。上記の積分はコーシーの積分公式を用いても同じ計算結果が得られる。

複素平面 C を実 2 次の空間 R2 と見なせば、二次元ベクトル場の線積分は、対応する複素函数の共軛の線積分の実部に対応する。すなわち、x, y 軸方向の単位ベクトル j, k を用いて、r(t) = x(t)j + y(t)k および f(z) = u(z) + iv(z) と置くと


なる関係式が、右辺の 2 つの積分がともに存在することから言える。ただし C の媒介変数表示 z(t) は r(t) と同じ向きを持つようにとる。同じことだが、微分形式として見れば f(z)dz は


と書くことができて、これと共軛複素積分[6]


をあわせて考えれば、ベクトル場としての線積分と面積分を考えることができる。

複素正則函数がコーシー=リーマンの方程式を満たすことから、正則函数の共軛に対応するベクトル場の回転は 0 になる。これはどちらの種類の線積分でもそれが 0 になるときのストークスの定理と関連がある。すなわち、ガウス=グリーンの定理を適用すれば複素関数の面積分は、その領域の境界上の線積分に帰着されるため、複素関数積分では線積分が本質的である。特に正則関数 f の単純閉曲線 γ 上の閉路積分に関するコーシーの定理


は、γ を境界 ∂D とする領域 D でのグリーンの定理にコーシー・リーマンの関係式を代入することに対応する。

 

 

電子のような電荷を持つ粒子が、空間の電磁場のない領域において電磁ポテンシャルの影響を受ける

アハラノフ=ボーム効果(アハラノフ=ボームこうか、英: Aharonov–Bohm effect)は、電子のような電荷を持つ粒子が、空間の電磁場のない領域において電磁ポテンシャルの影響を受ける現象である。アハラノフ=ボーム効果の名は、1959年にその存在を指摘した[1]ヤキール・アハラノフとデヴィッド・ボームに因み、両名の頭文字を取ってAB効果(英: AB effect)と略記されることもある。また、ときにアハラノフの名はアハロノフとも綴られる。

アハラノフ=ボーム効果は、電荷を持つ粒子に対するハミルトニアンが電磁ポテンシャルを含むことと、シュレーディンガー方程式などの量子力学における基本方程式がゲージ変換に対して不変であることに関係している。ハミルトニアンが電磁ポテンシャルを含むことは古典論における解析力学からの結果であり[2]、また量子力学においては、正準量子化の方法を経て量子力学古典力学と対応するための要請である[3]。ゲージ変換に対する不変性については、古典的な電磁気学におけるマクスウェル方程式がゲージ変換不変であることからの要請である[4]。アハラノフ=ボーム効果はこれらの古典論からの要請を量子力学に適用した場合に現れる量子効果であると言える。

アハラノフ=ボーム効果は量子力学の研究において理論的に示された現象であり、古典的な電磁気学が成り立つ範疇においては、アハラノフ=ボーム効果は現れない。このことは、電磁気論における基本方程式であるマクスウェル方程式が電磁ポテンシャルに対するゲージ変換について不変であり、同じ電磁場を与える電磁ポテンシャルの選び方には任意性があることに端的に示されている。

量子力学において、シュレーディンガー方程式が古典論からの要請を満たすように、ゲージ変換された電磁ポテンシャルに対するシュレーディンガー方程式が元の電磁ポテンシャルに対する方程式に一致するためには、電磁ポテンシャルに対する変換だけでは不十分であり、波動関数の位相部分もまた変換されなければならない[4]。しかしながら、ゲージ変換に対する波動関数の位相の変化は変換される波動関数の全体にかかり、確率密度やその流れの密度を記述する上では、波動関数の位相そのものは影響を及ぼさない[4]。

ゲージ変換によって現れるゲージ関数は、ゲージ変換によって得られた新たな電磁ポテンシャルの内容を含んでいる。特に、磁場のないような系を考えると、磁場はベクトルポテンシャルの回転によって与えられるので、この場合にはベクトルポテンシャルはゲージ関数の勾配によって与えられる[5]。従って、磁場のない系におけるゲージ関数はベクトルポテンシャルの線積分によって表される。ここで、異なる経路を通る粒子に対する波動関数を考えると、ゲージ関数はそれらの経路に依存するから、はじめにそれぞれの波動関数の位相が揃っているものとすれば、それぞれの波動関数の間には経路上のベクトルポテンシャルに依存した位相差が生じることになる。重ね合わせの原理によって、系全体の波動関数はそれぞれの経路を通る波動関数の足し合わせとして表されるから、経路が重なり合う場所においては波動関数の干渉が生じる。これは実際に観測され得ることであり、量子力学に特有な現象である。このような現象をアハラノフ=ボーム効果と呼ぶ。

アハラノフとボームの指摘以来、長らく検証実験が試みられたが確かな証拠が得られないまま、その存在に懐疑的な意見もあったが、1986年、外村彰により電子線ホログラフィーの手法を用いて、その存在が実証された。

それまで実験が困難だった原因は一つに、磁場や電場が完全に存在しない条件を満足することが困難だったことがある。それまでの実験では有限の長さのコイルが使用されたが、この場合コイルに端が存在し、そこからの磁場の漏れによる影響が無視できなかった。コイルをドーナツ状(リング状)にすれば、理想的には磁場は漏れ出さないが、電子線の波長の要請から、それは非常に微細(数マイクロメートルオーダー)にする必要があった。

外村の検証実験では、非常に微細なドーナツ状の磁石(ドーナツ内に磁場が存在)を超伝導体で取り囲み、超伝導転移温度以下にしておく。このため、マイスナー効果により当該磁石の磁場は、ドーナツ外部に漏れ出すことを完全に防ぐことができる。この状態で、電子線をそれぞれ、そのドーナツ状の部分の孔の中と、ドーナツ状磁石の外側とに通し、各々の位相の差を、前述の電子線ホログラフィーを使って干渉縞の形で観測した。観測の結果、2つの場合の間にπ(半波長)だけの位相差が存在し、磁場が完全にない状態で、電子線が電磁ポテンシャル(この場合は、ベクトルポテンシャル)の影響を受けていることが実証された。