東南アジアの諸国に多く存在する鉄欠乏性貧血の改善と撲滅のためのプロジェクト(Project Iron Deficiency Elimination Action: Project IDEA-プロジェクトアイデア)栄養強化は、商業的にも成功することと結びついてこそ持続できるようになります。

1990年には、開発途上地域の47%の人々が1日1.25米ドル以下で生活していました。2015年には、その割合が14%まで減少しました。世界においては、19億人から8億3600万人へと極度の貧困にある人々が減少し、10億人以上の人々が極度の貧困から脱却したことになります。その改善は、特に2000年以降に著しい成果が得られています。また、開発途上地域における栄養不良の人々の割合は、23.3%から12.9%へとほぼ半減しました。世界における低体重の5歳未満の幼児の割合も、25%から14%へと56%に低下しています。しかしながら、極度の貧困にさらされ、栄養不良の人々が減少するための更なる取り組みが求められています。

鉄欠乏症は、ビタミンA、ヨードと並んで世界の三大微量栄養素欠乏症として知られており、特に発展途上国では顕著です。鉄欠乏症をはじめ微量栄養素欠乏症の大部分は予防できるものですが、世界の20億人以上の健康や生産性に及ぼす影響は重大な脅威となっています。鉄欠乏性貧血は、出生時低体重や母胎の死亡の主要因です。食事性の鉄が欠乏すると赤血球産生不全による重篤な貧血が引き起こされたり、T細胞数の減少や機能抑制、好中球の殺菌能の低下などの免疫系機能の不全を生じます。女性や子供は生殖や生長のために栄養的な要求量が増加するので、鉄欠乏性貧血や他の栄養素欠乏症になりやすい傾向があります。鉄欠乏性貧血は特に、幼児期、思春期の男女および妊娠可能期の女性に頻発する栄養障害であり、食物からの鉄供給量不足や食事鉄の難吸収性がその主な要因です。近年、母体の鉄欠乏が胎児の脳の発育に影響を及ぼすことが報告されており、幼児や小児の認知能力低下の要因の一つとして再認識されています。鉄欠乏症は生産性に著しく影響することから、国家における経済活動と関連しており、重要な公衆衛生課題の一つです。このような背景をもとに、鉄欠乏症をなくすことの重要性が近年さらに高まってきています。

栄養強化は、商業的にも成功することと結びついてこそ持続できるようになります。鉄欠乏性貧血を撲滅するためには最も価格的に効果的で持続できる方法として認識されているのです。鉄の状態の改善とともに生産性や収入が10~30%上昇することが報告されています。したがって、発展途上国における鉄欠乏症の改善には、食事によって欠乏栄養素の補給ができ、継続的補給が期待できる食品栄養強化が効果的であると考えられます。

フィリピンでは微細ピロリン酸第二鉄(SunActive)をもちいて強化米のプロジェクトが進んでいます。

フィリピン国民栄養調査(1998年)により、貧血者の割合は7~9歳の子供で35%、女性で36%、妊婦で51%であることが報告されました。また、フィリピンにおける主食は米であり、1日に3回米を食し、一人一日平均386gの米を消費していることが明らかになりました。そこで、太陽化学株式会社の支援の下、フィリピン国立食品栄養研究所(Food and Nutrition Research Institute(FNRI))と共同で、主食である米に着目し鉄分を強化する研究に着手しました(図1)。

まず、コメを栄養強化の媒体として選択し、鉄強化米を作成し、保存性・安定性試験と官能評価試験を実施しました。プレミックス米(鉄濃度を高く成型した米)、鉄強化米(プレミックス米と普通米を混合)、炊いた鉄強化米をさまざまなパッケージ素材で10ヶ月間保存し、安定性を調べました。その評価項目は、色、食感、かさ密度、害虫の侵入、鉄含量、微生物、味覚の七つです。総合的な評価により、硫酸鉄、またはSunActiveをイクストルーダ法(米粉に鉄分を混ぜ、米の形に成型する方法)にて製造した鉄強化米が安定しており、味、色の変化が少ないことが確認できました。米に色がついていると、虫がついたりした屑米と間違われて、せっかく鉄強化したプレミックス米がとりのぞかれてしまう恐れがありますが、とりわけ、SunActiveを使用した強化米は、色調が白く保たれ、普通米との違いが分かりにくいものでした。

鉄強化米と貧血に関する消費者教育も行いました。調査の結果、鉄強化米の入手可能性は高く、受容度も高いこと、さらに、貧血や鉄強化米の認知度も高いことが確認できました。

この地域限定販売の結果、子供(6~9歳) の貧血割合を著しく減少(17.5%から12.8%)させることが出来ました。また、この地域限定販売により、鉄強化米を商業的に広めるためには、自治体による政治的な支援、販売活動/消費者教育が重要な要素であることが示されました。この結果、フィリピンでは、政府の貧困サポートプログラムに採用されています。ミンダナオ島ザンバレス州でも、著しい改善効果が認められています(図5)。

中度の貧困と飢餓が残存する東南アジアも含め、世界的な栄養改善の取組強化が求められています。日本でも、農林水産省は、農林水産業・食品産業を所轄する立場で積極的な貢献を果たすため、日本企業の栄養改善事業の国際展開の取組を支援しています。官民連携で栄養改善事業を推進するため、平成28年9月に「栄養改善事業推進プラットフォーム」が発足しました。民間企業のアイデアをベースに、栄養改善効果が期待できる途上国の国民向け食品供給事業のビジネスモデル構築を目的としています。

現在、プラットフォームの活動として、カンボジアにおいて、社員食堂へのビタミン・ミネラル強化米を導入し、若い女性の工場従業員の栄養改善事業に着手しています。将来的なビジネスも視野に入れながら、日本の食産業の技術と経験が世界の栄養改善に貢献できることはまだまだたくさんあるのです。