「だからってそんなすぐに諦めちゃうわけ?」ポコが訊いた。全身がずぶ濡れになっていた。赤レンガはとっくに閉店してしまっていて街灯だけがアスファルトに反射していた。水たまりは波紋を広げては光の輪を投げかけ続けた。ポコがタクシーを呼び止めようとその場を離れた20秒前のことだった。
「そんなのどうでもいいじゃん?」ガストが答えた。死んでもこの状況は変わらないらしい。以前にもガストのそんな態度を見たことがあったからポコにはわかっていた。
ふと思い浮かんだのは胸ぐらを掴まれて問い詰められているガストの横顔だった。ガストは横を向いてしかめっ面をしたまま何も答えなかった。いつのことだか憶えていないがその時と同じ表情をしていた。
その顔をしばらく見やってポコはその場を離れた。雨に打たれているガストは金魚鉢の金魚のようだった。濡れちゃいけないものなど何もないかのようだった。革ジャンが雨粒をはじく音がボツボツとガストの耳に聞こえていた。革ジャンのにおいとボツボツと落ちる音が彼を包んでいた。