朝起きて現実の世界が頭に入り込む

現実と言うほどでもない。平和裡に生きる、健康裡に生きる、健全裡に生きる。その意味で法学はそれを目指すもの。信義則に感動したのを覚えている。それが現実に行われていないことも。健康裡で罪を凝縮したような。お返しにと体を差し出す。なんだか俺には連続性があるように思えない。つまり理由がない。法学、健全裡に生きること。タイミングがあった。それは連続性じゃない。来る日も来る日も仕事して、それでも半分健全裡で半分曖昧裡でいるよりかは幸せだと思った。健全裡でホッとしてる、とよくゆう。上に乗っかれるものじゃない。上に乗っかったもんを取ってみたら、単に自由に解放になった。それだけかも知れない。無実の罪を着せられなかった。それだけかも知れない。今も無実の罪で廻っている。ただそれだけな気がする。