強い方に付くにも弱い方にに付くにも安い方を選ぶ

財源確保のための。もし自分が社会から距離を置いて農業などをやった場合、気になるのは他国からの侵略に対応できるかが気になってしまう。軍事的侵略ということになるが、これは人災でしかない。つまるところ人災に踊らされているのだ。それほど人災でパンクしそうな世界。昔から変わるところはない。農業をやったとしても土地一反で10俵の米が獲れ、自分や家族が食うには十分だが、依然として固定資産税は取られるものだ。専門的な職を選んで半ば趣味で他者を攻撃するようにやっている者もいる。不思議とこれがやる気が湧く。だが他人を攻撃してることには変わりはない。己のモチベーションの為に他人を傷つけているのだ。いわばスポーツ感覚といったところだが、これも足元を掬われていることに変わりはない。

何かしらこのような専門職は他人にやらされているのだ。よく言えば応援されている。専門職のやりがい搾取などとよく言われている。多数の者で共同体を形成している以上このようなことは起こる。お父さんを応援する家族とも変わりはないだろう。或いは政治家を応援する他の者であるとか。

これが信頼を超えたところにあると、どんなに活躍したとしても使い捨てされる。もはや人間とはいえない。「大人に連れ去られた」とは言うが、誰も自分が連れ去ったとは思っていないかもしれない。専門職であって他人のためにやっていると思っている人は注意した方がいい。経済という武器は何のためにあるか。刀が主人となってはいけない。