歪対称化可能 (skew-symmetrizable)

線型代数学において、交代行列(こうたいぎょうれつ、英: alternative matrix)、歪対称行列(わいたいしょうぎょうれつ、英: skew-symmetric matrix)または反対称行列(はんたいしょうぎょうれつ、英: antisymmetric matrix, antimetric matrix[1]; 反称行列)は、正方行列 Aであってその転置 A⊤ が自身の −1 倍となるものをいう。すなわち、転置に対して反対称性を持つ行列は交代行列である。交代行列とは逆に、転置に対して対称な行列は対称行列と呼ばれる。[注釈 1]

例えば行列


は交代行列である。

交代行列と類似の反対称性を持つ行列として、歪エルミート行列がある。これはエルミート共役(転置複素共役)に対して反対称である。また、エルミート共役に対して対称な行列はエルミート行列と呼ばれる。実数の行列に対してはエルミート共役も転置も同じ操作になるので、実交代行列は実歪エルミート行列でもある。

交代行列は自身の転置が行列の反元になるものをいうが、自身の転置が乗法逆元、すなわち逆行列になる行列を直交行列という。また、エルミート共役が逆行列になる行列をユニタリー行列という。

n-次正方行列 A = (aij) が歪対称(skew-symmetric)あるいは交代的 (alternative) であるとは、以下の関係


を満足するときに言う。成分を用いない形では、Rn の標準内積を 〈,〉 と書けば、n×n-実行列 A が歪対称であるための必要十分条件


を満たすことである。これはまた、交代的であるための必要十分条件


が成り立つことであるとも言い表せる[注釈 1]。

歪対称行列の和およびスカラー倍は再び歪対称である。したがって、n-次歪対称行列の全体 Skewn はベクトル空間を成す。交代行列の主対角成分は必ず 0 であり、上三角成分を決めれば下三角成分はその符号反転として定まるから、ベクトル空間 Skewn の次元は n(n − 1)/2 である。

任意の n-次正方行列 M に対し、その歪対称成分 (skew-symmetric component) は[注釈 2]


で与えられる。行列の和への分解


は一意的に定まり、ベクトル空間の直和分解


を与える(ここに Matn は n-次正方行列の全体、Symn は n-次対称行列の全体)。

A を n×n 交代行列とすると、A の行列式


を満足する。特に n が奇数ならばこれは 0 に等しい。この結果はカール・グスタフ・ヤコビに因んでヤコビの定理と呼ばれる[2]。

偶数次元の場合はもっと興味深い結果がある。次数 n が偶数であるときの A の行列式は A の成分に関する斉次多項式(代数形式)の完全平方式


として書くことができる[3]。ゆえに、実交代行列の行列式は常に非負である。ここで現われた形式 Pf(A) は A のパフ多項式(パフ式、パフ形式)と呼ばれる[4]。

交代行列の固有値は常に ±λ のような対として得られる(奇数次の場合に、0 を固有値に加えて考えることもあるが、ここでは除いている)。実交代行列の非零固有値はすべて純虚数であり、それらを ±iλ1, ±iλ2, …(各 λk は実数)の形に書くことができる。

実交代行列は正規行列(つまり、自身の随伴と可換)であり、それゆえスペクトル論の対象として任意の実交代行列がユニタリ行列によって対角化可能であることを述べることができる。実交代行列の固有値複素数となるから実行列によって対角化することはできないが、それでも適当な直交変換によって区分対角化することができる。特に、任意の 2n-次交代行列は直交行列 Q と行列

(ただし、λk は実数)を用いて A = QΣQ⊤ の形に書くことができる。ここで直交行列とは Q⊤= Q−1 を満たす行列 Q のことである。行列 Σ の非零固有値は ±iλk である。奇数次の場合には、Σ は必ず少なくとも一つの行か列が全て 0 になる。

任意の体 K 上の n-次元ベクトル空間 V において、V の基底を固定すれば、V 上の双線型形式φ は適当な n×n-行列 A によって φ(v,w) := v⊤Aw と表されることを思い出そう。

V 上の双線型形式 φ: V × V → K が

交代形式であるとは、非零ベクトル v を任意として交代性: φ(v,v) = 0 を満たすことを言う。
歪対称形式であるとは、ベクトル v, w を任意として歪対称性: φ(v, w) = −φ(w, v) を満たすことを言う。
V 上の交代形式(resp.歪対称形式)は、基底を一つ固定すれば、交代行列(resp.歪対称行列) A を用いて上記の形に表され、逆に Kn 上の交代行列(resp.歪対称行列) A は交代形式(resp.歪対称形式)(v,w) ↦ v⊤Aw を定める。[注釈 1]

A が交代的ならば、任意の実ベクトル x に対して x⊤Ax = 0 が成り立つ。実際、x⊤Ax はスカラー値ゆえ転置と自身とが一致するが、同時に積の転置法則と A の交代性から


が成り立つ。またこの逆も成り立つ。実際、Aが交代的でないならばその対称成分が 0 でない固有値 λ を持ち、λ に属する正規化された固有ベクトルを v とすれば v⊤Av = λ が成立する。

交代行列の全体は、直交群 O(n) の単位元における接空間を成す[5]。この意味で、交代行列を無限小回転 (infinitesimal rotation) と考えることができる。別な言い方をすれば、交代行列全体の成すベクトル空間はリー群 O(n) に付随するリー環 o(n) に一致する。この空間におけるリー括弧積は交換子


で与えられる。二つの交代行列から得られる交換子がふたたび交代行列となることを確かめるのは難しくない。

交代行列 A の指数函数


は直交行列である。リー環の指数写像の像は常に対応するリー群の単位元を含む連結成分に含まれる。リー群 O(n) の場合にはこの連結成分は行列式が 1 の直交群全体の成す特殊直交群SO(n) である。ゆえに R = exp(A) の行列式は +1であり、行列式が 1 の直交行列はすべて交代行列の指数函数として書けることがわかる。

より内在的に述べれば、ベクトル空間 V 上の歪対称線型変換は適当な内積に関して、V 上の二重ベクトル(英語版)(これは単純二重ベクトル(英語版) v ∧ w の和)として定義することができる。その対応は、v* はベクトル v の双対ベクトルとして、写像 v ∧ w ↦ v* ⊗ w − w* ⊗ v により与えられ、直交座標系に関する場合これはちょうど上で述べた意味での通常の歪対称行列に一致する。この特徴付けはベクトル場の回転(これは自然な 2-ベクトル)を無限小回転と解釈することに利用できる(それゆえに「回転」と呼ばれる)。

n-次正方行列 A が歪対称化可能 (skew-symmetrizable) であるとは、正則な対角行列 Dおよび歪対称行列 S が存在して S = DA とできるときに言う。実行列に関して言う場合、D はさらに成分が正という条件も加える[6]。

^ a b c 本項において(何も言わなければ)、係数体の標数 は 2 でない (1 + 1 ≠ 0) と仮定する。標数が 2 のとき、任意のスカラーは自身を反数として持つので、任意の歪対称行列は対称行列の概念に一致する。歪対称行列に付随する双線型形式は歪対称形式であり、標数 2 のときは対称形式になる。一方、付随する双線型形式が交代形式であるような行列を「交代行列」と呼べば、標数 2 のとき「交代行列」は歪対称(=対称)行列と異なる。
^ 標数が 2 の体上では 1⁄2-倍写像が定義されないから、対称成分・歪対称成分ともこれでは定義できない。以下は標数が 2 でない任意の体上で成り立つ議論であることに注意せよ。

リー代数 (Lie algebra)、もしくはリー環[注 1]は、「リー括弧積」(リーブラケット、Lie bracket)と呼ばれる非結合的な乗法 [x, y] を備えたベクトル空間である。

ポアンカレ群(ポアンカレぐん、英語: Poincaré group)とは、ポアンカレ変換の為す変換群。10次元のノンコンパクトリー群である。

ポアンカレ変換とは、ミンコフスキー空間における等長変換である。 等長変換においては内積が保存される。

ポアンカレ変換は並進とローレンツ変換からなる。

ミンコフスキー空間の座標 x に対する並進とローレンツ変換は以下のようになる。

並進

ローレンツ変換

並進の生成子 P は運動量、ローレンツ変換の生成子 M は角運動量である。 ミンコフスキー空間上の関数(スカラー場)φ(x) を考えると



となる。

ポアンカレ代数とはポアンカレ群のリー代数で、次の交換関係をみたす。



ここで、a, Λ は変換のパラメータである。

 

複素数平面において中心 0、半径 1 の円周は複素数の積に関してリー群である。リー環は、もとのリー群の局所的な構造を完全に反映しており、リー群に付随するリー環と呼ばれる。

リー群(リーぐん、英語: Lie group)は群構造を持つ可微分多様体で、その群構造と可微分構造とが両立するもののことである。ソフス・リーの無限小変換と連続群の研究に端を発するためこの名がある。

G を台集合とする実リー群とは、G には実数体上有限次元で(多くの場合無限回微分可能という意味で)可微分な実多様体の構造が定められていて、G はまた群の構造を持ち、さらにその群の演算である乗法および逆元を取る操作が多様体としての G 上の写像として可微分であるもののことである(群演算が可微分写像となっていることを「群演算が可微分多様体の構造と両立する(可換である、あるいはうまくいっている)」といい表す)。このような構造が入っているという前提の下で、通常は「G はリー群である」というように台を表す記号を使ってリー群を表す。また、実数(実多様体)を複素数複素多様体)にとりかえて複素リー群の概念が定まる。

リー群の定義を圏論の言葉で述べれば、リー群とは可微分多様体の圏の群対象のことであるということができる。

複素数体 C 上の二次特殊線型群 SL(2, C) などは複素リー群の例である。また、直交群や斜交群は、成分の属する体の直積位相からの相対位相に関して多様体とみるとリー群である。このような行列からなるリー群は総じて(代数的)行列群あるいは線型代数群と呼ばれる一類(正確には、ある代数閉体上の一般線型群の部分群であって、成分の代数方程式によって与えられるもの)に属す。

一般化として、台となる多様体が無限次元であることを許すことにより無限次元リー群が同様の方法で定義される。また、類似物として係数の属する体を p-進数体にとりかえて p-進リー群が定義される。あるいは係数体を有限体に取り替えれば、リー群の有限な類似物としてリー型の群が豊富に得られるが、これらは有限単純群の多くの部分を占めるものである。また、可微分多様体を用いる代わりに解析多様体や位相多様体を台にすることもできるが、それによって新たなものが得られるというわけではない。事実、アンドリュー・グリーソン、ディーン・モントゴメリ、レオ・ジッピンらは1950年代に次のことを証明している。すなわち、G が位相多様体であって、連続な群演算をもつ群でもあるならば、G 上の解析的構造が唯一つ存在して、G をリー群にすることができる(ヒルベルトの第5問題あるいはヒルベルト-スミス予想)。

いくつかの例と、それらに関連する数学や物理学の分野について触れる。

ユークリッド空間 Rn は、ベクトルの加法を群演算と見て可換リー群である。
可逆な n 次正方行列全体 GLn(R) は行列の積によって群をなす(一般線型群と呼ばれる)が、これを n2 次元のユークリッド空間の部分多様体とみるとリー群である。この一般線型群は、行列式の値が 1 となる行列全体のなす群(特殊線型群と呼ばれる)を部分群として含むが、これもやはりリー群の例となる。
n 次元ベクトル空間における回転と鏡映が生成する変換群 On(R) は直交群と呼ばれるリー群である。(回転だけから生成される直交群の部分群SOn(R)は特殊直交群と呼ばれるリー群である。)
ピノル群は特殊直交群の二重被覆であり、場の量子論におけるフェルミ粒子の研究に用いられる。
斜交群 Sp2n(R) は、シンプレクティック形式を保つ行列全体のなすリー群である。
0 次元球面 S0, 1 次元球面 S1 および 3 次元球面 S3 は、これらをそれぞれ絶対値が 1 の実数全体、複素数全体、四元数全体と同一視することでリー群にすることができる。他の次元の球面ではこのようなことはできないし、リー群にはならない。リー群としての S1 はしばしば円周群と呼ばれる。いくつかの円周群同士の直積リー群はトーラス群と呼ばれる。
n 次の上三角行列の全体からなる群 B は n(n+ 1)/2 次元の可解リー群である。しばしば標準ボレル部分群と呼ばれる。
ローレンツ群およびポワンカレ群は特殊相対性理論において時空の等長性を記述するリー群で、それぞれ 6 および 10 次元である。
ハイゼンベルグ群は 3 次元リー群で量子力学に登場する。
n 次ユニタリ群 U(n) はユニタリ行列全体のなす n2 次元のコンパクトリー群である。行列式の値が 1 のユニタリ行列全体のなすリー群 SU(n) を部分群として含む。
直積リー群 U(1) × SU(2) × SU(3) は 1 + 3 + 8 = 12 次元のリー群である。これは標準模型のゲージ群で、それぞれの次元は 1 が光子、3 がベクトルボソン、8 がグルーオンに対応している。
メタプレクティック群 Mp は 3 次元のリー群である。SL2(R) の二重被覆群で、モジュラー形式の理論に用いられる。これを有限行列表現することはできない。
G2, F4, E6, E7, E8 型の例外型リー群はそれぞれ 14, 52, 78, 133, 248 次元である。 次元 190 のリー群 E7½ もある。
リー群から新たなリー群を作り出す標準的な方法がいくつか挙げられる。たとえば、

二つのリー群から直積群をつくると、これは直積位相に関してリー群になる(直積リー群)。
リー群の閉部分群をとると、これは相対位相でリー群をなす(リー部分群)。
リー群をその正規閉部分群で割った商はリー群である(商リー群)。
連結リー群の普遍被覆もまたリー群である(普遍被覆リー群)。例として、円周群 S1の普遍被覆は加法に関するリー群 R である。
リー群で無いものの例を挙げる:

無限次元実ベクトル空間を加法群と見たもののような無限次元群。これは有限次元の多様体ではないのでリー群ではない(無限次元リー群ではある)。
ある種の完全不連結群、たとえば体の無限次拡大のガロア群や、p-進数全体のなす加法群などがそうである。これらがリー群でないのは実多様体を台としないからである(後者は p-進リー群に属する)。
連結リー群のリー群準同型像は必ずしもリー群にはならない。典型的な例として、可換リー群 R を直積リー群 S1 × S1 へ、写像 x ↦ (x, √2 x) によって写すことを考える。この像は S1 × S1 の稠密な部分群で、したがってこれは多様体にならないし、特にリー群にはならない。これはまた、リー環の部分リー環がリー群の部分リー群に対応しないことの例ともなっている。
有理数体の加法群に実数体における位相の相対位相を入れたものも、多様体にならないのでやはりリー群ではない。

リー群の分類法の一つは、その代数的な性質によるものである。例えば、単純リー群、半単純リー群、可解リー群、冪零リー群、可換リー群は、その群としての単純性、半単純性、可解性、冪零性、可換性に従った分類である。また、リー群の多様体としての性質による分類もある。連結性やコンパクト性に着目して、連結リー群、単連結リー群、あるいはコンパクトリー群などを考えることができる。

リー群の単位元を含む連結成分(単位成分)は正規閉部分群で、それによる商は離散群である。
リー群の普遍被覆群は単連結リー群である。逆に、連結リー群はかならず、単連結リー群の(その中心に含まれる正規離散部分群による)商として得られる。
コンパクトリー群の分類は終わっており、それは単純コンパクトリー群とトーラス群の直積リー群の有限中心拡大であるか、さもなくば連結なディンキン図形に対応する単純コンパクトリー群であることが知られている。
単連結可解リー群は、ある階数の可逆上三角行列全体のなす群の閉部分群に同型であり、そのような群の有限次元既約表現は 1 次元表現(既約指標)である。可解リー群の分類は、ごくちいさい次元での場合を除けば、非常に厄介なものである。
単連結冪零リー群は、ある階数の対角成分がすべて 1 の可逆上三角行列のなす群の閉部分群に同型である。よってその有限次元既約表現は全て 1 次元である。冪零リー群の分類もやはりごく小さい次元での場合を除いて非常に困難である。
単純リー群という概念は、単に抽象群として単純であることを以ってその定義とする場合もあれば、単純リー環に対応する連結リー群として定義する場合もある。SL2(R) は第二の定義であれば単純であるが、第一の定義では単純でない。いずれの定義に従った場合も、その分類は全て知られている。
半単純リー群は、その付随するリー環が半単純(単純リー環の直積)となる連結群のことである。これは単純リー群の直積の中心拡大として得られる。
連結可換リー群はすべて、ユークリッド空間を加法に関する群と見たものとトーラス群との直積に同型である。

リー群は標準的に、離散リー群、単純リー群、可換リー群に以下のように分解される: ここでリー群 G に対して

 


とすると、次の正規列がえられる:


そしてこのとき、

 

 

これにより、リー群に対する問題の一部(たとえばリー群のユニタリ表現を求める問題など)は連結単純リー群の同種の問題に帰着して考えることができる。

リー群に対して、その単位元における接空間(を台となるベクトル空間としてそれに積を定義したもの)としてリー環を対応付けることができる。このリー環は、もとのリー群の局所的な構造を完全に反映しており、リー群に付随するリー環と呼ばれる。このリー環の元は、略式的には(ユークリッド空間内にある曲面の古典的な接平面に対するイメージをそのまま反映して)リー群の単位元に無限に近いところにある元であると見ることができるし、リー環の括弧積はそのような無限小の交換子が定めるものと考えることができる。厳密な定義に先立って例を挙げる:

可換リー群 Rn のリー環はちょうど Rn に括弧積を、任意の A, B に対して


とおくことによって与えたものである。一般に、付随するリー環の括弧積が恒等的に 0 となることは対応するリー群が可換群であることに同値である。

一般線型群 GLn(R) のリー環は全行列環 Mn(R) に


なる括弧積を入れたものである。

G が GLn(R) の閉部分群なら、G のリー環は略式的に Mn(R) に属する行列 mであって 1 + εmが G に属すようなもの全体からなるものと見ることができる。ここで ε は正の無限小で、ε2 = 0 となるもの(もちろん実数ではない)である。例えば直交群 On(R) (AAT = 1 となる行列 A の全体)に付随するリー環


あるいは ε2 = 0 と考えると同じことだが


となる行列 m の全体からなる。

上で与えた即物的な定義は安直で使い易いものであるが、いくつか問題がある。たとえば、この定義を考える前にリー群を行列群として表現できている必要があるが、任意のリー群を考えるときにはそんなことはできないし、また表現の仕方によらず対応するリー環が定まるかどうかということはまったく明らかなことではない。これらの問題はリー群に付随するリー環の一般的な定義を与えることで回避される。定義以下のような考察に従って与えられる:

微分多様体 M 上のベクトル場は、M 上の滑らかな関数のなす環の微分 X と考えることができる。 また、二つの微分 X, Y に対して、そのリー括弧積 [X, Y] = XY − YX は再び微分となるので、この括弧積のもとでベクトル場の全体をリー環にすることができる。
G が可微分多様体 M に滑らかに作用するリー群とすると、G の作用を関数環へ移行し、さらに微分に移行することで G はベクトル場に対して作用させることができる。この G の作用によって不変なベクトル場全体のなすベクトル空間は、リー括弧積に関して閉じているのでリー環となる。
この構成法をリー群 G に、その台の多様体構造に着目して適用する。つまり、G は G = M に左からの積で作用していると見なすと、G 上の左不変ベクトル場の全体はベクトル場のリー括弧積のもとでリー環となる。
リー群の単位元における接ベクトルはどれも(それを群の左移動作用で各点に移し変えることにより)左不変ベクトル場に拡張することができる。これにより、単位元 e における接空間 Te と左不変ベクトル場全体の作るベクトル空間とを同一視して、接空間をリー環にすることができる。これをリー群 G のリー環(G に付随するリー環、G に対応するリー環)と呼んで、リー群を表すのに使っている文字の対応する小文字(慣習的にドイツ文字を用いることが多い)を充てて表す。例えばリー群を G で表しているのなら、そのリー環は g や で表す。 また Lie(G) などとして付随するリー環を表すこともある。
リー群に付随するリー環は有限次元で、とくに元のリー群と同じ次元を持つ。リー群 G に付随するリー環 g は局所同型の違いを除いて一意に定まる。ここで、二つのリー群が「局所同型」であるとは、単位元の適当な近傍を選ぶと、その上で同型対応がとれることをいう。リー群に対する問題は、対応するリー環に対する問題を先に解決し、その結果を用いることによって(通常は簡単に)解決されるということがよくある。例えば、単純リー群の分類問題は対応するリー環の分類をまず済ませることによって解決される。

左不変ベクトル場を用いる代わりに右不変ベクトル場を用いても、単位元における接空間 Teにリー環の構造を入れることができるが、この場合も左不変ベクトル場を用いたと同じリー環が定まる。これは、リー群 G 上で逆元をとる写像を考えると、それを移行して右不変ベクトル場と左不変ベクトル場が対応付けられ、特に接空間 Te 上では −1 を乗じる操作として作用することから従う。

接空間 Te 上のリー環構造は次のように記述することもできる: 直積リー群 G × G 上の交換子作用素


は (e, e) を e に写すので、その微分は Te 上の双線型作用素を引き起こす。この双線型作用素は実際には零写像なのだが、接空間との厳密な同一視の元で、二階微分はリー括弧積の公理を満たす作用素を引き起こし、それは左不変ベクトル場を用いて定義される場合のちょうど二倍に等しい。

G, H をリー群(実なら双方とも実、複素なら双方とも複素)とする。写像 f: G → H がリー群の準同型であるとは、f は抽象群としての群準同型であって、かつ f が解析的であるときにいう。ただし、f が「解析的」であるという条件を「連続」であるという条件に弱めても定義としては同値になることが示せる。文脈上リー群の準同型であると明らかなときは単に準同型とよぶ。リー群準同型の合成はまたリー群準同型である。全ての実リー群のなす類、あるいは全ての複素リー群のなす類に、それぞれの意味でのリー群準同型を射と見なしてリー群の圏ができる。二つのリー群が同型であるとは、その間に全単射なリー群準同型で、その逆写像もまたリー群準同型になるようなものが存在することをいう。同型なリー群同士を区別する必要は実用上はなく、それらは単に元の表し方が異なるだけだと考えられる。

リー群の準同型 f: G → H は付随するリー環たちの間の準同型


を引き起こす。したがって、リー群をそれに付随するリー環へ移す対応 "Lie" は関手である。

アドの定理の一つの形は、有限次元リー環は行列リー環に同型であると述べられる。有限次元の行列リー環に対しては、それを付随するリー環にもつような線型代数群(行列リー群)が存在するので、したがってどんな抽象リー環もある行列のリー群のリー環として記述することができる。

リー群の大域的構造をそのリー環によって完全に記述することは一般にはできない。たとえば Z を G の中心に属する任意の離散群としてやると、 G と G/Z は同じリー環をもつ。しかしながら連結リー群に関しては、それが単純、半単純、可解、冪零あるいは可換となることが、付随するリー環の対応する性質が成り立つことに同値であるということができる。

リー群が単連結であることを仮定すると、その大域的構造はそのリー環によって完全に決定される。任意の有限次元リー環 g に対して、単連結リー群 G でそのリー環が g であるものが同型を除いて唯一つ定まる。さらに、リー環の準同型は対応する単連結リー群の間の準同型へ一意的に持ち上げられる。

リー環 Mn(R) からリー群 GLn(R) への指数写像は通常の冪級数として、行列 A に対して


によって定められる。G が GLn(R) の部分群ならば、この指数写像は G のリー環を G のなかへ写す。したがって、任意の行列のリー群に対して指数写像を考えることができる。

この指数写像の定義は扱いやすいが、行列群ではないリー群に対しては定義されていないし、指数写像が行列群としての表し方に依らないかどうかについては自明なことではない。これは以下のように抽象的な指数写像の定義を与えることで解決することができる。

リー環 g の任意のベクトル v は、1 を v へと写す R から g への線型写像(これをリー環準同型と考えることができる)を定める。R は単連結リー群 R のリー環になっているので、これは対応するリー群の間の準同型 c: R → G を引き起こす。これは s, t ∈ R に対して


を満たす(右辺は G における乗法である)。この式と指数関数が満たす公式との類似性から、


とおくと、行列群に対しては今の定義は先の定義と同じものを定めることが確かめられる。これを指数写像と呼ぶ。作り方からこれはリー環 g を対応するリー群 G のなかへ写すことが判る。指数写像は、リー環 g の零元 0 の近傍からリー群 G の単位元 e の近傍への可微分同相写像である。実数全体が成す可換リー環 R は正の実数全体が乗法に関して成すリー群 R+× に付随するリー環になっているので、指数写像は実数に対する指数関数の一般化になっていることがわかる。同様に複素数全体が成す可換リー環 C が非零な複素数全体が乗法に関して成すリー群 C× のリー環であることから、指数写像複素数に対する指数関数の一般化にもなっている。もちろん、正方行列全体 Mn(R) が通常の交換子をリー括弧積として成すリー環が、リー群 GLn(R) のリー環であることから指数写像は行列の指数関数の一般化でもある。

指数写像がリー群 G の単位元 e の適当な近傍 Nの上への写像であるので、付随するリー環の元は G 上の無限小生成作用素 (infinitesimal generator) と呼ばれる。N の生成する G の部分群は G の単位成分である。

指数写像リー環は連結リー群の局所群構造を決定する。実際、リー環 g の零元の適当な近傍 U で、u, v が U の元ならば


が成り立つ(ベイカー・キャンベル・ハウスドルフの公式(英語版))。ここで、省略した項は判っていて、4 つ以上の元のリー括弧積が関係するものである。u と v が可換なときはこれは簡約されて、見慣れた指数法則の式 exp(u) exp(v) = exp(u + v) となる。

リー環からリー群への指数写像は必ずしも全射とはならない。群が連結であってもそれは同じである(連結群がさらにコンパクトか可解であるならば全射になる)。 例えば、SL2(R) の指数写像全射にはならない。

リー群は定義から有限次元である。しかし、有限次元性を除けばリー群に酷似した群というものがたくさん存在する。これらの群に対する一般論は少ないが、いくつかの例では研究がなされ結果が得られている。

多様体上の可微分同相写像全体の成す群。円周上定義される可微分同相写像全体の成す群はきわめてよく知られている例である。そのリー環というのは実質的にヴィット環 (Witt algebra) で、その中心拡大はヴィラソロ代数と呼ばれ、弦理論や共形場理論などで用いられている。より大きな次元の多様体上の可微分同相写像群についてはあまり知られていない。時空の可微分同相写像群は、重力の量子化に際してしばしば現れる。
多様体から有限次元群への滑らかな写像全体の成す群はゲージ群と呼ばれ、場の量子論やドナルドソン理論で用いられている。多様体として円周をとるときは、ループ群と呼ばれ、付随するリー環が実質的にカッツ・ムーディ代数であるような中心拡大を持つ。
一般線型群や直交群などに対する無限次元の類似物。重要な側面のひとつは、これらが「簡素な」位相的性質を持っているだろうということ

小林俊行、大島利雄 『リー群と表現論』 岩波書店、2005年4月6日。ISBN 4-00-006142-9。
Adams, J. Frank (December 1, 1996). Lectures on Exceptional Lie Groups. Chicago Lectures in Mathematics. University Of Chicago Press. ISBN 0-226-00527-5.
Fulton, William; Harris, Joe (July 30, 1999). Representation Theory : A First Course. Graduate Texts in Mathematics / Readings in Mathematics (1st ed.). Springer Verlag. ISBN 0-387-97495-4.
Knapp, Anthony W. (2002). Lie Groups Beyond an Introduction. Birkhäuser. ISBN 0-8176-4259-5.
Rossmann, Wulf (August 24, 2006). Lie Groups: An Introduction Through Linear Groups. Oxford Graduate Texts in Mathematics. Oxford University Press. ISBN 0-19-920251-6. - 注意:2003年刊の再版で初版の誤植が訂正されている。線型群(すなわち有限次元の行列で定義される連続群)のトリビアルでない実例を通じたリー群とリー代数の入門書。
Serre, Jean-Pierre (1992). Lie Algebras and Lie Groups: 1964 Lectures given at Harvard University. Lecture Notes in Mathematics (2nd sub ed.). Springer. ISBN 3-540-55008-9.
 

である。たとえば、クーパーの定理(英語版)を参照。

 

 

共形場理論(きょうけいばりろん、Conformal Field Theory, CFT)

共形場理論(きょうけいばりろん、Conformal Field Theory, CFT)とは、共形変換に対して作用が不変な場の理論である。特に、1+1次元系では複素平面をはじめとするリーマン面上での理論として記述される。

共形変換に対する不変性はWard-Takahashi恒等式を要請し、これをもとにエネルギー-運動量テンソル(あるいはストレステンソル)に関する保存量が導出される。また1+1次元系においては、エネルギー-運動量テンソルを展開したものは、Virasoro代数と呼ばれる無限次元リー代数をなし、理論の中心的役割を果たす。

共形変換群は、時空間の対称性であるポアンカレ群の自然な拡張になっており、空間d-1次元+時間1次元のd次元時空間ではリー群SO(d,2)で記述される。この変換群の生成子は(d+2)(d+1)/2個あり、その内訳は以下のとおり。

d(d-1)/2: 空間 d-1 + 時間 1次元空間のローレンツ変換
d: d次元空間の並進+時間推進
※以上が、部分群としてのポアンカレ群の生成子をなす。 スケール普遍性は定義より以下の変換(ディラテーション)を示唆する。

1: スケール変換(計量の目盛りの変更)
さらに強く、共形不変性を要求すると

d: d次元時空の特殊共形変換(反転×平行移動×反転)
が加わる。この代数SO(d,2)を共形代数(conformal algebra)と呼ぶ。

場の理論の基本的な可観測量である相関関数(場の演算子の積の真空期待値)は共形代数によって強い制限を受ける。特にユニタリな共形場の理論においては、例えばスカラー演算子の二点関数は と定まってしまう。ここで、 は演算子 のスケーリング次元と呼ばれる(理論依存の)パラメータである。

2次元共形場理論は歴史的には1984年にBelavin、ポリャコフ、Zamolodchikov(BPZ)によって初めて定式化された[1]。2次元共形場理論で言及するのは次のような場合である。

一般に(2+1次元以上の時空では)共形変換群は有限個の生成子からなる有限次元リー群である。しかし、空間1次元+時間1次元(d=2)の2次元共形場理論場合に限り、共形変換群SO(2,2)は正則関数の等角写像の変換群(無限次元リー群)に拡張される。この場合共形変換群SO(2,2)は無限個の生成子からなる代数(Virasoro 代数)の部分代数となる。Virasoro代数から得られるヒルベルト空間に対する制限は強力であり、ミニマル模型と呼ばれる模型群に対しては、(これには臨界点上の2次元イジング模型も含まれる)全ての相関関数の振る舞いをVirasoro代数とWard-Takahasi恒等式から厳密に求めることができる(可解である)。可解である2次元共形場理論は、2次元統計系あるいは1+1次元量子系を理解する上で強力な武器となっている。

数学・物理学においてヴィラソロ代数(ヴィラソロだいすう、英語: Virasoro algebra)は円周上定義される複素多項式ベクトル場の中心拡大として与えられる無限次元複素リー環で、共形場理論や弦理論において広く用いられる。名称は物理学者のミゲル・ヴィラソロ(英語版)に由来する。

ヴィラソロ代数とは交換関係


を満たす可算無限個の元 によって生成されるリー代数である(1/12 という因子は単に慣習的なものである)。ここでの中心元 C はセントラルチャージと呼ばれる。

ヴィラソロ代数は、円周上の多項式ベクトル場全体の成す複素ヴィット環の中心拡大である。円周上の実多項式場全体の成す実リー環は円周上の微分同相全体の成すリー環の稠密な部分リー環である。

弦理論におけるエネルギー・運動量テンソルは世界面(英語版)の共形群の生成元すべてを含むので、2つのヴィラソロ代数の直積の交換関係に従う。これは、共形群が前方および後方光円錐の分離微分同相に分解されるからである。世界面の微分同相不変性はエネルギー・運動量テンソルが消えることをも意味している。このことはヴィラソロ制限(英語版)として知られ、量子化された理論では、すべての状態について成り立つのではなく、物理的な状態(ノルムが正の状態)にだけ成り立つ(グプタ・ブロイラー量子化(英語版)参照)。

ヴィラソロ代数の最高ウェイト表現とは、


を満たし、 ( ) となるようなベクトル によって生成されるベクトル空間である。このとき の固有値である複素数 を最高ウェイトと呼び、ベクトル を最高ウェイト の最高ウェイトベクトルと呼ぶ。(注意:通常、表現と言った場合にはリー代数から への準同型写像 のことであるが、ヴィラソロ代数の表現論においては上記の によって生成される表現空間 そのものを最高ウェイト表現と呼ぶことが多い。また表現の記号 は省略して、よく を と表記する。またヴィラソロ代数の元としての とその固有値 とに同じ文字 が使われることもある。)

ヴィラソロ代数の最高ウェイト表現は以下の形のベクトル


の線形結合によって張ることができる。またこの形のベクトルがすべて線形独立であるとき、その最高ウェイト表現をヴァーマ加群(英語版)と呼ぶ。これらのベクトルはすべて の固有ベクトルであり、その固有値は である。従って最高ウェイト のヴァーマ加群は の固有空間によって分解され、固有値 ( ) の固有空間の次元は の分割数 となる。 またこのときの をその固有空間のレベルと呼ぶ。

最高ウエイトベクトル によって生成される最高ウエイト表現 には 以下の条件によって定まる不偏内積 が定義される:


最高ウエイト表現の2つのベクトルはレベルが異なるとき不変内積について直交する。 どの複素数の組 ( , ) についても、既約最高ウェイト表現が一意的に存在する。

既約でない最高ウェイト表現はカッツ行列式から求められる。 レベルNのカッツ行列とは、整数 N の分割 と (つまり となる正整数の有限列)に対して、内積


を成分にもつ 行列のことで、 その行列式をカッツ行列式という。 ヴィラソロ代数の中心 c を


とパラメトライズし、整数r, sに対して


と置くと、 カッツ行列式 には以下の公式が知られている。


(関数 p(N) は分割数であり、AN は定数である) この公式は Kac (1978) によって主張され(Kac & Raina (1987) も参照)、Feigin & Fuks (1984)において初めて証明された。 に対応するヴァーマ加群では、以下に説明する特異ベクトルが存在するため、可約となる。 特に、q/pが正の有理数の場合、無限個の特異ベクトルが存在しそれらの生成する極大部分加群による商をミニマル表現という。 この表現はBelavin (1984) らが研究を始めたミニマル模型(英語版)に対応する。 この結果は Feigin & Fuks (1984) によってすべての既約最高ウェイト表現の指標を求めるために使われた。

ヴィラソロ代数の最高ウエイト表現上のベクトル が特異ベクトルであるとは


となることである。最高ウエイトが のとき、ヴァーマ加群はレベル rs に特異ベクトルを持つ。 特異ベクトルが存在するとそれを最高ウエイトベクトルとする部分加群が存在するので、 元の表現の既約性を判定することができる。 また特異ベクトルはヴィラソロ代数を自由場表示することによって、 長方形ヤング図形に対応したジャック多項式(英語版)に一致することが知られている。

最高ウェイト表現がユニタリであるとは、内積 が正定値となるということである。 実数の固有値 , を持つ既約最高ウェイト表現がユニタリであるのは、 かつ である場合、若しくは 上の条件 にさらに制限を加え が


(m = 2, 3, 4, ...) のいずれかの値をとり、かつ hが


(r = 1, 2, 3, ..., m−1; s= 1, 2, 3, ..., r) のいずれかの値をとる場合であり、かつそのときに限る。 このときq=m, p=m+1に対応している。 これらの条件の必要性は Friedan, Qiu & Shenker (1984) によって示され、Goddard, Kent & Olive (1986) がコセット構成(英語版)あるいはGKO構成(英語版)(ヴィラソロ代数のユニタリ表現をアフィンカッツ・ムーディリー環のユニタリ表現のテンソル積と同一視する)を用いて十分性を示した。c < 1 を持つユニタリ既約最高ウェイト表現は、ヴィラソロ代数の離散系列表現と総称される。

離散系列表現の最初のほうは以下のように与えられる。

m = 2: c = 0, h = 0. (自明表現)
m = 3: c = 1/2, h = 0, 1/16, 1/2. (イジング模型に関連する 3 種類の表現)
m = 4: c = 7/10. h = 0, 3/80, 1/10, 7/16, 3/5, 3/2. (三重臨界イジング模型に関連する 6 種類の表現)
m = 5: c = 4/5. (3-状態ポッツ模型に関連する 10 種類の表現)
m = 6: c = 6/7. (三重臨界 3-状態ポッツ模型に関連する 15 種類の表現)

を交換関係


を満たすハイゼンベルグ代数の生成元とする。 このときヴィラソロ代数の生成元は


と表示することができる。ただし は正規順序化の記号であり、 ヴィラソロ代数の中心を とパラメトライズした。

ヴィラソロ代数の超対称的拡大にヌヴ・シュワルツ代数(英語版)、ラモン代数(英語版)と呼ばれる2つがある。これらの代数の理論はヴィラソロ代数のそれとよく似ている。

ヴィラソロ代数は、種数 0 のリーマン面上で固定された2点を除いて正則であるような有理型ベクトル場全体の成すリー環の中心拡大である。Krichever & Novikov (1987) はより高い種数のコンパクトリーマン面上で固定された2点の例外を除いて正則であるような有理型ベクトル場全体の成すリー環の中心拡大を発見、また Schlichenmaier (1993) はこれを例外が2点より多い場合に拡張した。

ヴィット環(ヴィラソロ代数から中心拡大を除いたもの)は Cartan (1909) によって発見された。その有限体上の類似物が1930年代にエルンスト・ヴィットによって研究される。ヴィラソロ代数を与えるヴィット環の中心拡大が(正標数の場合に)初めて Block (1966, p. 381) によって発見され、それと独立に Gel'fand & Fuks (1968) によって(標数0の場合が)再発見された。ヴィラソロは1970年、双対共鳴モデルの研究の中でヴィラソロ代数を生成する演算子のいくつかを書き下ろしているが、中心拡大の発見には到っていない。Brower & Thorn (1971, p. 167) によれば、中心拡大がヴィラソロ代数を与えることの物理学における再発見は程なく J. H. Weis によって成されている。

負の定スカラー曲率を持つローレンツ多様体

ド・ジッター宇宙(ド・ジッターうちゅう、De Sitter universe)とは、ウィレム・ド・ジッターが解いたアルベルト・アインシュタイン一般相対性理論重力場方程式の三つの解のうちの一つの解であり、密度と圧力がともにゼロで、宇宙項が正の値をとる宇宙である。この解はド・ジッターの名をとってド・ジッター宇宙と呼ばれるようになった。

この模型では、宇宙は空間的に平坦であり、普通の物質を無視し、そして宇宙の力学は宇宙定数により支配されている。この宇宙定数はダークエネルギーに相当すると考えられている。

ド・ジッター宇宙は、普通の物質は含まないが、膨張率Hを決める正の宇宙定数をもつ。宇宙定数が大きいほど、膨張率も大きくなる。

,
比例定数は、慣例に従う。宇宙定数は であり はプランク質量である。

一般に、この解のパッチは、フリードマンルメートル・ロバートソン・ウォーカー計量(FLRW) の膨張する宇宙として示される。スケール因子 は、以下で与えられる。

,
定数Hはハッブル定数でありtは時刻 (time) である。FLRWの空間ではスケール因子 は、空間の測定膨張 (en:Metric expansion of space) を示す。

スケール因子の指数関数的膨張は、二つの加速していない観測者は、最終的には、光速より速く離れることを示している。二つの観測者が光速より速く離れる時点になると、観測者はもはや接触することができない。そのため、ド・ジッター宇宙での観測者は、事象の地平面を見ることになる。観測者は、事象の地平面の先は、何も見ることができず、またいかなる情報も取得することはない。もし私たちの宇宙がド・ジッター宇宙に近づいているのなら、私たちはいつか、天の川や重力に束縛されている局部銀河群以外の銀河を観測することができなくなる。[1]

ド・ジッター宇宙は、最初期宇宙における宇宙のインフレーションに応用される。宇宙のインフレーション模型の多くは、ド・ジッター宇宙に近似しており、時間に依存するハッブル定数を与えている。膨張している現実の宇宙ではなくド・ジッター宇宙を使うと、最初期宇宙のインフレーションは、より単純に計算される。ド・ジッター宇宙を利用することにより、膨張は指数関数的となるが、多くの単純化が可能となる。

数学や物理学において、ド・ジッター空間 (de Sitter space) は、通常のユークリッド空間の球面の、ミンコフスキー空間あるいは時空における類似物である。n 次元ド・ジッター空間は dSn と書き、(標準のリーマン計量を持つ)n次元球面のローレンツ多様体での類似である。この空間は、最大の対称性を持ち、正の定曲率を持ち、3 以上の n に対し、単連結である。ド・ジッター空間は反ド・ジッター空間と同様に、ライデン大学天文学の教授で、ライデン天文台天文台長であったウィレム・ド・ジッター (Willem de Sitter) (1872–1934) の名前に因んでいる。ウィレム・ド・ジッターとアルベルト・アインシュタイン (Albert Einstein) は、1920年代にライデンで、宇宙の時空の構造について研究を共にした。

一般相対論のことばでは、ド・ジッター空間は最大対称性を持ち、(正の真空エネルギー密度と負の圧力に対応する)正(反発力)の宇宙定数 を持つアインシュタイン場の方程式の真空解(英語版)(vacuum solution)である。n = 4( 3つの空間次元と 1つの時間次元)では、ド・ジッター空間は物理的な宇宙の天文学的なモデルである。ド・ジッター宇宙(de Sitter universe)を参照。

ド・ジッター空間はウィレム・ド・ジッターにより、また同時に、独立してトゥーリオ・レヴィ=チヴィタ (Tullio Levi-Civita) により発見された。

さらに最近は、ド・ジッター空間がミンコフスキー空間を使うというよりも、特殊相対論の設定として考えられるようになった。その理由は、群縮約(英語版)(group contraction)は、ド・ジッター空間の等長変換群をポアンカレ群へと還元し、凖単純群(英語版)(semi-simple group)というよりも単純群の中へ、時空変換部分群やポアンカレ群のローレンツ変換部分群を統一することを可能とする。この特殊相対論の定式化をド・ジッター相対性(英語版)(de Sitter relativity)と呼ぶ。

ド・ジッター空間は 1以上の次元のミンコフスキー空間の部分多様体として定義することができる。標準的な計量


を持つミンコフスキー空間 R1,n をとると、ド・ジッター空間は一枚のシート


の双曲面により記述される部分多様体である。ここに はある長さの次元を持つ正の定数である。ド・ジッター空間上の計量は、周囲の空間の計量から導かれる。導かれた計量はローレンツ符号を持ち非退化である。(上の定義に加えて、 を と置き換えると、2枚のシートの双曲面を得る。この場合の導かれた計量は正定値であり、それぞれのシートは n-次元双曲空間のコピーである。

ド・ジッター空間は、2つの不定値直交群(英語版)(indefinite orthogonal group)の商空間O(1,n)/O(1,n−1) としても定義される。このことは、この空間が非リーマン的な対称空間(英語版)(symmetric space)であることを示している。

トポロジーとして、ド・ジッター空間は R × Sn−1 である(従って、n ≥ 3 であれば、ド・ジッター空間は単連結である。

ド・ジッター空間の等長変換群(英語版)(isometry group)は、ローレンツ群 O(1,n) である。従って、計量は n(n+1)/2 個の独立なキリングベクトルを持ち、最大対称である。すべての最大対称空間は定曲率を持つ。ド・ジッター空間のリーマン曲率テンソルは、


により与えられる。

リッチテンソルは計量に比例する


ので、ド・ジッター空間はアインシュタイン多様体である。このことは、ド・ジッター空間は、


により与えられる宇宙定数を持つアインシュタイン方程式の真空解であることを意味する。ド・ジッター空間のスカラー曲率は、


により与えられる。n = 4 の場合、Λ = 3/α2 であり、R = 4Λ = 12/α2 である。

ド・ジッター空間へは、静的座標(英語版)(static coordinates) を次のようにして導入することができる。




ここに、 は (n−2)-球面の Rn−1 の中への標準的な埋め込みを与える。 これらの座標では、ド・ジッター計量は、


となる。 には天文学的地平線(英語版)(cosmological horizon)が存在することに注意する。

として、




とすると、 座標では、計量は、

標準計量 を持つ を形成する を考え、




とすると、ド・ジッター空間の計量は、


である。ここに


ユークリッド的な双曲空間の計量である。

で を表すして、



とすると、計量は、


である。

により時間変数を共形時間へ変えると、アインシュタインの静的宇宙に共形同値な計量


を得る。これはド・ジッター空間のペンローズダイアクラムを求めることができる。[要説明]

で を表し、





とすると、計量は、


である。ここに


は開いたスライシングでの曲率 の半径を持つ 次元ド・ジッター空間の計量である。双曲計量は、


により与えられる。

これは、 の下での開いたスライシングの解析接続であり、時間ライクと空間ライクな性質を交換するので、 と を交換する。

 


である。ここに は の上の平坦な計量である。

 

AdS/CFT対応を用いて流体力学の問題を一般相対論の問題へ翻訳する

理論物理学では、AdS/CFT対応(AdS/CFTたいおう、anti-de Sitter/conformal field theory correspondence)は、マルダセーナ双対(Maldacena duality)あるいはゲージ/重力双対(gauge/gravity duality)とも呼ばれ、2つの物理理論の種類の間の関係を予言するものである。対応の片側は、共形場理論 (CFT) で、場の量子論で基本粒子を記述するヤン=ミルズ理論の類似物を意味し、対応する反対側は、反ド・ジッター空間(AdS)で、量子重力の理論で使われる空間である。この対応は弦理論やM-理論のことばで定式化された。

双対性は、弦理論と量子重力の理解の主要な発展の現れである[1]。この理由は、双対性がある境界条件を持つ弦理論の非摂動的(英語版)(non-perturbative)な定式化であるからであり、注目を浴びている量子重力のアイデアのホログラフィック原理を最もうまく実現しているからである。ホログラフィック原理は、もともとジェラルド・トフーフトが提唱し、レオナルド・サスキンドにより改善されている。

加えて、強結合(英語版)の場の量子論の研究への強力なツールを提供している[2]。 双対性の有益さの大半は、強弱双対性から来ている。つまり、場の量子論強い相互作用である場合に、重力理論の側は弱い相互作用であるので、数学的に取り扱い易くなっている。この事実は、強結合の理論を強弱対称性により数学的に扱い易い弱結合の理論に変換することにより、原子核物理学や物性物理学での多くの研究に使われてきている。

AdS/CFT対応は、最初に1997年末、フアン・マルダセナにより提起された。この対応の重要な面は、スティブン・ガブサー(英語版)、イーゴル・クレバノフ(英語版)、アレクサンドル・ポリヤコフの論文や、エドワード・ウィッテンの論文により精査された。2014にはマルダセナの論文の引用は10000件を超え、高エネルギー物理学の分野の最も多く引用される論文となっている。[3]

現在の重力の理解は、アルバート・アインシュタインの一般相対論に基礎をおいている[4]。1916年に定式化された一般相対論は、空間と時間、もしくは時空の幾何学のことばで重力を説明する。それは、アイザック・ニュートンやジェームズ・マックスウェルのような物理学者により開拓された古典物理学のことばで、定式化される[5]。重力ではない他の力は、量子力学フレームワークで説明される。20世紀の前半に多くの物理学者により発展した量子力学は、物理的な現象を確率を基礎として記述する根底から異なる方法を提供している[6]。

量子重力は、量子力学の原理を使い重力を記述することを目的とする物理学の分野である。現在、量子重力の最も有名なアプローチは弦理論であり[7]、弦理論のモデルは基本粒子を 0次元の点ではなく、1次元の弦(英語版)と呼ばれる対象を扱う。AdS/CFT対応では、典型的には、弦理論、もしくはその現代的な拡張であるM-理論から導出された量子重力の理論を考える。[8]

日常の生活の中で、3次元である空間(上下、左右、前後)と 1次元の時間は見慣れている。このように、現代物理学の言葉では、4次元の時空に我々は住んでいるという[9]。弦理論とM-理論の特別な特徴の一つに、これらの理論が数学的な整合性のため、時空に余剰次元を要求することである。弦理論の時空は 10次元であり、M-理論の時空は 11次元である。[10]AdS/CFT対応に現れる量子重力理論は、弦理論やM-理論からコンパクト化として知られている過程により得られる。この過程は、より低い次元を有効理論として持っていて、理論を円の中に余剰次元を巻き上げる過程である。[11]

コンパクト化の標準的なアナロジーは、庭の散水用のホースのような立体的な対象を考える。ホースを充分に離れた所から見る限りは、1次元の長さとしてしか見られないが、しかし、ホースに近づいてみると丸まっている 2次元の太さを持っていることに気がつく。蟻はその上を2次元で動くことができるというわけだ[12]。

空間と時間へ広がっている電磁場のような物理的対象の量子力学の応用は、場の量子論として知られている。[13] 素粒子物理学では、場の量子論は基本粒子の理解の基礎をなし、基本的な場の励起としてモデル化される。場の量子論は、また準粒子と呼ばれる対象のような粒子のモデル化するため凝縮系物性全体にも使われる[14]。

AdS/CFT対応では、量子重力理論に加えて、共形場理論と呼ばれるある場の量子論の一種を考える。この場の理論は、特別な対称性を持ち、数学的に扱い易いタイプの場の量子論である。[15] この理論は、よく弦理論の脈絡の中で研究され、時空の中を伝播する弦の軌跡としてワールドシート(英語版)と結びつき、統計力学では、熱力学的臨界点で系をモデル化している[16]。

AdS/CFT対応では、弦理論やM-理論を反ド・ジッター空間を背景として考える。このことは、時空の幾何学が反ド・ジッター空間(AdS空間)と呼ばれる時空での、アインシュタイン方程式の真空解(英語版)の項として記述される[17]。

非常に基本的事項であるが、反ド・ジッター空間での点の間の距離の概念(計量)は、通常のユークリッド幾何学とは異なっている。右の図で示しているディスク (disk) のように見ることができ、双曲空間(英語版)と密接に関連している[18]。この図は、三角形と四角形によってディスクを平面充填していることを示している。そこでは、三角形と四角形がみな同じ大きさであり、円の形をした境界が内部のどの点からも無限に離れているような方法で、このディスクの点の間の距離を定義することができる[19]。

ここで、双曲ディスクの積み重ねの各々が、ある時刻の宇宙の状態を表していることを想像しよう。結果として出てくる空間は、3次元の反ド・ジッター空間となる[18]。これは中身の詰まった円柱のように見え、どの断面も双曲ディスクのコピーである。時間はこの図の縦軸方向に沿って流れる。この円柱の側面は、AdS/CFT対応で重要な役割を果たす。双曲平面の場合は、任意の内部の点が実際にはこの境界面より無限に離れているような方法で、反ド・ジッター空間は歪んでいる[20]。

反ド・ジッター空間の重要な性質は、境界(3次元の反ド・ジッター空間の場合には円筒となる)にある。境界の重要な性質の一つは、いずれの点の周りも局所的には、重力のない物理学で使われる時空のモデルであるミンコフスキー空間のように見えることである。[21]

従って、反ド・ジッター空間の境界によって与えられる「時空」の中で補助となる理論を考えることが可能となる。この見方はAdS/CFT対応の出発点であり、反ド・ジッター空間の境界は共形場理論の「時空」と見なすことが可能となることを言っている。この主張は、一つの理論からもう一つの理論に計算を翻訳する「辞書」があるという意味で、共形場理論がバルクである反ド・ジッター空間上の重力理論に等価であるという主張である。一方の理論の実在がもう一方の理論の中に対応する片方を持っている。例えば、重力理論での単独粒子は境界上の理論の粒子のいくつかの集まりに対応しているかもしれない。加えて、この2つの理論に関する予言は、数値的な量としても同一視できるので、2つの粒子が重力理論の中で衝突する確率が 40%であるとすると、境界上の理論でも対応する(粒子の)集まりは 40%の衝突確率を持っている[22]。

反ド・ジッター空間の境界は、反ド・ジッター空間自体よりも小さな次元を持っていることに注意が必要である。例えば、上に図示した 3次元の例では、境界は 2次元の面である。AdS/CFT対応は、2つの理論の間の関係が 3次元の対象とそのイメージのホログラムとの間の関係に似ていることから、よく「ホログラフィック対応」として記述される。[23] ホログラムは 2次元ではあるが、表現している対象の 3次元の全ての情報をエンコードしている。同様に、AdS/CFT対応により関連付けられている理論は、次元の数が異なっているにもかかわらず、「正確に」等価であると予想されている。共形場理論は高次元の量子重力理論の情報を持ったホログラムのようである[19]。

マルダセーナの1997年の見方に従い、理論家たちは多くのAdS/CFT対応の実例を発見して来た。これらの実例は、様々な共形場理論を様々な次元の弦理論やM-理論のコンパクト化した理論と関連付けている。ADS/CFT対応で関連づけられた理論は、一般的には、現実の世界を表すモデルではないが、素粒子的性質や高い自由度をもつ性質を持っていて、場の量子論や量子重力の中にある問題を解くために有効に使うことのできる。[24]

最も有名なAdS/CFT対応の例は、積空間 の上のタイプIIB弦理論が、4次元境界を持つN=4 超対称ヤン・ミルズ理論に等価であるという例である[25]。この例の中では、重力理論のある時空は、有効理論として 5次元であり(よって、 と書く)、5つの加えられた「コンパクト」な次元( の因子よりエンコードされている)が存在する。少なくともマクロスコピックには、現実の世界の時空は 4次元であるので、このAdS/CFT対応のバージョンは重力の現実的なモデルを提供はしない。同様に、双対理論は超対称性が数多くあることを前提にしているので、なんら現実世界の系を表すモデルではない。しかし、以下に説明するように、この境界理論は、量子色力学、つまり強い力と共通な様相を示している。この理論は、フェルミオンを持つ量子色力学グルーオンに似た粒子を記述している[7]。結果として、原子核物理学、特にクォークグルーオンプラズマの研究に応用が見出されている。[26]

もうひとつのAdS/CFT対応の実例は、 上のM-理論は、6次元 (2,0)-超共形場理論に等価であろうという例である[27]。この例では、重力理論の時空は、有効理論として 7次元である。双対性の片方に現れる(2,0)-理論は、超共形場理論(英語版)の分類によって、予言される。この理論は、古典的極限(英語版)を持たない量子力学の理論であるので、いまだ少ししか理解されていない。[28] この理論を研究することに内在的な困難さがあるが、物理学と数学の双方にとって、様々な理由からこの理論は興味ある対象と考えられている[29]。

さらにもう一つのAdS/CFT対応の実例として、 上のM-理論と、3次元のABJM超共形場理論が等価であるという例がある[30]。 そこでは、重力理論は 4つの非コンパクトな次元を持ち、従って、このAdS/CFT対応のバージョンは重力のより現実的な記述をもたらしている[31]。

場の量子論では、摂動論のテクニックを使った様々な物理学的な事象の確率の計算が典型的である。20世紀前半にリチャード・ファインマンやその他の人により開拓された摂動的場の量子論は、ファインマン図形と呼ばれる特別な図形を使用し、計算を体系的に行う。これら図形は、点のような粒子とそれらの相互作用を描いていると想定できる。[32] この定式化は、結果を予言をすることに極めて有用である。にもかかわらず、これらの予言は、相互作用の強さである結合定数が信頼に足りうるに十分小さな場合、単に相互作用のない場合に近いときのみ、有効であるに過ぎない。[33]

弦理論の出発点は、場の量子論の点のような粒子は弦と呼ばれる 1次元の対象としてモデル化することができるというアイデアである。弦の相互作用は、普通の場の量子論で使われる摂動論を一般化することで、直接、定義される。ファインマン図形のレベルで、このことは点粒子の経路を表している 1次元図形を、弦の運動を表現する 2次元の曲面に置き換えることを意味する。場の量子論とは異なり、弦理論はいまだに完全な非摂動的な定義が与えられていないので、物理学者が答えたい多くの理論的な問題が、未解決となっている。[34]

弦理論の非摂動的定式化を開拓する問題は、AdS/CFT対応の研究のもともとの動機の一つであった。[35] 上で説明したように、AdS/CFT対応は、反ド・ジッター空間の上の弦理論に等価な場の量子論の例をいくつか提供する。見方を変えると、重力場が漸近的に反ド・ジッター空間となる特別なとき(重力場が空間の無限遠点で反ド・ジッター空間の場となっている)には、このAdS/CFT対応が、弦理論の定義を与えていると見ることも可能である。弦理論で物理的に興味の対象となる量は、双対な場の量子論の量の項で定義される[19]。

1975年、スティーヴン・ホーキングは、ブラックホールは完全なブラックホールではなく、事象の地平線の近くの量子効果のため、わずかな輻射が発生していることを示唆する計算結果を発表した[36]。最初、ホーキングの結果は、ブラックホールが情報を壊してしまうであろうことを示唆したため、理論家に対しては問題の提起となった。さらに詳しくは、ホーキングの計算は、基本的な量子力学の数学的定式化の一つと矛盾するように見えると指摘した。量子力学の基準とは、物理系はシュレディンガー方程式に従って時間発展するというものである。普通は、この性質を時間発展のユニタリ性として理解する。ホーキングの計算と量子力学のユニタリ性の基準の間の一見矛盾に見えることは、ブラックホール情報パラドックスとして知られるようになった。[37]

AdS/CFT対応はすくなくともある程度拡張すれば、ブラックホールの情報パラドックスを解決することが可能となる。なぜならば、AdS/CFT対応の脈絡では、ブラックホールがどのようにして量子力学との整合性をもって発展することが可能かを示すことができるからである。実際、ブラックホールをAdS/CFT対応の脈絡で考えると、ブラックホールは反ド・ジッター空間の境界上の粒子の構成に対応することになる。[38] これらの粒子は普通の量子力学の規則に従って、特にユニタリ性をもって発展するので、ブラックホール量子力学の原理に照らしユニタリ性保存するはずである[39]。 2005年にホーキングは、パラドックスがAdS/CFT対応により情報を保存する方向に設定したとアナウンスし、ブラックホールは情報を保持するであろう具体的メカニズムを示唆した[40]。

AdS/CFT対応を使い研究されている一つの物理系は、クォークグルーオンプラズマ(quark-gluon plasma)で、素粒子加速器で生成されるエキゾチックな物質の状態である。この物質の状態は、金や鉛のような重いイオンが高エネルギーで衝突する短い瞬間に発生する。そのような衝突は、原子核ケルビン温度でおよそ 度で閉じ込めを解く(英語版)ことで得られる。温度の条件は、ビッグバンの後のおよそ 秒後の状態に似ている。[41]

クォークグルーオンプラズマの物理は、量子色力学により統制されているが、この理論は数学的には問題を取り扱い易くはない。[42]2005年のダム・ターン・ソン(英語版)と協力者による論文の中では、弦理論のことばの中で表すことで、クォークグルーオンプラズマのいくつかの側面を理解することに、AdS/CFT対応が使われている[26]。 しかし、ソンと協力者は、AdS/CFT対応を適用することで、5次元の時空の中のブラックホールのことばでクォークグルーオンプラズマの記述が可能となった。計算はクォークグルーオンプラズマに関連する 2つの量、粘度 とエントロピーの体積密度 の比率が、次のある普遍的な定数に漸近的に等しくなることを示している。


ここに はプランク定数であり、 はボルツマン定数である。[43][44] 加えて、これらの著者は、この普遍的定数が系の大きなクラスでは の下界(英語版)を与えると予想している。2008年に予言されたクォークグルーオンプラズマの比の値は、ブルックヘブン国立研究所の相対論的重イオン衝突器(英語版)により確かめられた[45]。

クォークグルーオンプラズマのもう一つ別の重要な性質として、プラズマの中を動く非常に高いエネルギーのクォークは、たった数フェムトメートル(10-15m)動いた後に止まったり、「折れ曲がったり(quenched)」したりする。この現象はジェットクエンチング(英語版)パラメータと呼ばれる数値 により特徴付けられる。ジェットクエンチングパラメータは、プラズマを通って動く距離の二乗に、クォークの失うエネルギーが関係付いていることを示している。AdS/CFT対応に基づく計算は、理論家が の値を見積もることを可能とし、その結果がこのパラメータにほぼ一致していることが分かり、この現象のより深い理解のために、AdS/CFT対応が有益であることを明らかにしている。[43

何十年にもわたり、物理的な凝縮系物性の物理学者は、数多くの超伝導超流動といったエキゾチックな物質の状態を発見してきた。これらの状態は、場の量子論の定式化を使い記述されるが、標準的な場の理論のテクニックを使っては説明することが困難な現象もある。スビル・サチデフ(英語版)といった凝縮系物性の物理学者は、AdS/CFT対応が弦理論のことばでこれらの系の記述を可能にすることができ、さらにそれらの振る舞いをより深く研究することができると期待している[47]。

これまで弦理論の方法を使い、超流動から絶縁体への転換の記述することに成功した。超流動は、全く摩擦を持たない電気的に中性な原子の系である。そのような系は、液体ヘリウムを使った実験室内でしばしば生成されるが、最近、実験家たちは交叉するレーザーの格子の中へ冷却された原子を大量に注ぎ込むことにより、人工的に超流動を作り出す新しい方法を開発した。これらの原子は、超流動の振る舞いをするが、レーザーの強さを強くするに従い、動きが鈍くなり、突然絶縁体の状態へと変わる。この変換の間に、原子は普通の振る舞いをする。例えば、原子はプランク定数や温度とは独立な量子力学のパラメータのレートの半分まで遅くなる。このパラメータは、他の相 (物質)の記述には現れない。この振る舞いは、最近、流動の性質が高次元のブラックホールの言葉で記述される双対な記述を考えることにより理解された。[48]

多くの物理学者が核物理学や凝縮系物性物理学の分野で弦理論をベースとした方法へと転換していく中、物理学者の中には、現実世界の物理系の信頼に足るモデルをAdS/CFT対応が提供しているとすることに疑問を呈する理論家もいる。2006年のクォーク物質のコンファレンスのトークの中[49]で、ラリー・マクレラン(Larry McLerran)はAdS/CFT対応に現れる N=4 超対称ヤン・ミルズ理論は、量子色力学とは重要な違いがあるので、核物理学にこれらの方法を適用することには大きな困難があると指摘した。マクレランは次のように述べている。

 

 
Physics Todayのレターの中で、ノーベル賞受賞者であるフィリップ・アンダーソンはAdS/CFTの凝縮系物性への応用の類似性に対し、次のようにコメントしている。

1997年の末のAdS/CFT対応の発見は、弦理論と核物理学を関連付ける努力の長い歴史の頂点であった。[51] 事実、弦理論は本来、1960年代の末から1970年代の初めにかけての間は、陽子や中性子が互いに強い力で結びつけられているような亜原子粒子やハドロンの理論として研究されていた。アイデアは、これらの粒子の各々が弦の異なる振動モードとみなすことができることである。1960年代末、実験家は、角運動量に比例するエネルギーの二乗のレッジェ軌跡(英語版)と呼ばれる族にハドロンが落ちることを発見し、この関係が回転する相対論的な弦の物理から自然にでてくることに気付いた[52]。

他方、弦としてハドロンをモデル化しようとする試みは、深刻な問題に直面した。一つの問題は、弦理論が無質量でスピン 2の粒子を持っているのに対し、そのような粒子はハドロンの物理には現れないことであった。[51] そのような粒子は重力の持つ性質を媒介にするのではないか。1974年にジョエル・シャーク(英語版)とジョン・シュワルツは、弦理論は核物理学の理論ではなく、多くの理論家が考えるように量子重力に変わるべきものではないかと示唆した。[53]同じ頃、ハドロンは実際、クォークからできていることが発見され、量子色力学の方向性が選択されたため、弦理論のアプローチは捨てられてしまった。[51]

量子色力学によると、クォークは3色の色荷と呼ばれる電荷のようなものを持っている。1974年の論文で、ジェラルド・トフーフトは量子色力学に似た理論を考えることにより別の観点より、弦理論と核物理学の間の関係を研究した。そこでは、色の数は3でななく、ある任意の数 である。この論文で、トフーフトは が無限大となるような極限を考え、この極限では、場の量子論の計算が弦理論の計算に似ていることを議論した。[54]

1975年、スティーブン・ホーキングは、ブラックホールは完全な黒色ではなく、事象の地平線の近くの量子効果により、かすかに輻射していることを示唆した[36]。この論文は、続くヤコブ・ベッケンシュタインの論文に拡張され、彼はブラックホールが定義可能なエントロピーを持つことを示唆した。[55] 最初、ホーキングの結果は、主要な量子力学の基準の一つである時間発展のユニタリ性に矛盾するように見えた。直感的には、ユニタリ性の規則は、ある状態から他の状態へ発展するとき、量子力学系が情報を壊すことはないということである。この理由から、一見、矛盾に見えることは「ブラックホール情報パラドックス」として知られるようになった[56]。

後日、1993年、ジェラルド・トフーフトは量子重力の展望を与える論文を書き、ホーキングのブラックホールの熱力学の仕事を再び検討し、ブラックホールの中の時空領域の中の自由度の全部の合計が、事象の地平線の表面積に比例するという結論に達した。[57] このアイデアはレオナルド・サスキンドにより注目され、今ではホログラフィック原理として知られるようになった[58]。ホログラフィック原理とAdS/CFT対応を通した弦理論での再現は、ホーキングの仕事により示唆されたブラックホールミステリィ―を明確にする助けとなり、ブラックホールの情報パラドックスの解決をもたらすものと信じられている[39]。2004年、ホーキングはブラックホール量子力学を壊さないとして論争に譲歩し[59]、 ブラックホールが情報を保持するであろう具体的なメカニズムを示唆した[40]。

1997年末、ジュアン・マルダセーナは、AdS/CFTの研究を最初となる記念碑的な論文を出版した[27]。 アレクサンドル・ポリヤコフによれば、「マルダセーナの仕事は、血の扉を開いた」と言っている[60]。 予想は直ちに、弦理論の学会で非常な興味を呼び起こし[39]、スティーブン・ガブサー(英語版)、イーゴル・クレバノフ(英語版)、ポリヤコフによる論文[61]や、エドワード・ウィッテンによる論文[62] でさらに研究された。これらの論文はマルダセーナの予想と反ド・ジッター空間の境界に現れる共形場理論を、さらに詳しく研究した[60]。

マルダセーナの提案の中で一つの特別な場合は、N=4 超対称ヤン・ミルズ理論、量子色力学とある意味で似ているゲージ理論が、5次元の反ド・ジッター空間の中の弦理論に等価であることを言っている[31]。この結果は、早い段階のトフーフトの弦理論と量子色力学の間の関係についての仕事を評価する助けとなった。核物理学の理論として、弦理論を理論の根底に置くこととなった[52]。マルダセーナの結果はまた、量子重力とブラックホール物理学で重要な意味を持つホログラフィック原理を具体的に実現することを提供した[1]。 2014年現在、マルダセーナの論文は高エネルギー物理学分野での引用が10000件を超える最も高い引用数に達している。[3] これらの論文は、数学的に厳密な証明(英語版)には程遠いが、AdS/CFT対応が正しいことの適切な証拠を与えている[39]。

1999年、コロンビア大学で仕事を終えた後、核物理学者のダム・ターン・ソンは、アンドレイ・スターネッツ(Andrei Starinets)を訪問した。スターネッツはソンの友人で、彼が大学院生のときにニューヨーク大学で弦理論のポスドクであった[63]。二人は最初は協力する意思があったわけではなかったが、ソンは直ちにスターネッツのやっていたAdS/CFTの計算が、重いイオンを高エネルギーで衝突させるときに生成されるクォークグルーオンプラズマのエキゾチックな物質の状態(超流動性(超低粘性))の計算に使えることに気付いた。スターネッツとパベル・コブタン(Pavel Kovtun)の協力の下、ソンはAdS/CFT対応を使い、プラズマのキーとなるパラメータの計算をすることができた[26]。ソンは後日、「プラズマの粘度の値の予想を与えてくれる、理論上の計算をもたらした。...私の核物理学の友人は、ジョークで弦理論から出てきた初めての有益な論文だねえと言っている[47]。"

今日、物理学者はAdS/CFT対応の応用を場の量子論の中に探し続けている。[64] ソンと協力者たちにより開拓された核物理学への応用に加えて、サビル・サチデフのような凝縮系物性の物理学者が、弦理論の方法を使い、凝縮系物性のある側面を理解しようとしている。この方向の重要な結果は、AdS/CFT対応を通した超流動の絶縁体への遷移の記述である[48]。 他に現れている主題は、流体/重力対応で、AdS/CFT対応を用いて流体力学の問題を一般相対論の問題へ翻訳することである。[65]

4次元宇宙の重力の量子的側面をより良く理解するために、より低い次元の数理モデルを考えた物理学者もいる。そこでは時空は単に 2次元の空間次元と 1次元の時間を持っている。[66] この設定では、重力場を表す数学は、劇的に単純化されていて、量子重力を場の量子論から来る似た方法を使い研究することができる。弦理論の必要性もないし、4次元の量子重力への根底的なアプローチが可能と考えられている。[67]

ブラウン(J.D. Brown)とマーク・ヘナー(英語版)の1986年の仕事に始まり[68]、物理学者たちは、3次元の量子重力理論が密接に 2次元の共形場理論に関連していることを認識していた。1995年にヘナーは彼の協力者と、この関係をさらに詳細に開拓して、反ド・ジッター空間の 3次元重力はリウヴィル場理論として知られる共形場理論に等価であることを示唆した。[69] エドワード・ウィッテンにより定式化された別の予想は、反ド・ジッター空間の 3次元重力は、モンスター群の対称性を持つ共形場理論に等価であるとしている[70]。これらの予想は、弦理論やM-理論の全てを道具立てを使わないAdS/CFT対応の例を提供する。[71]

宇宙は加速度的なレートで膨張していることが今日知られているので、現実の宇宙とは異なり、反ド・ジッター空間は膨張もしなければ収縮もしない。代わりに全ての時間で同じに見える[18]。さらにテクニカルなことばを使うと、反ド・ジッター空間は負の宇宙定数を持った宇宙に対応しているのに対し、現実の宇宙は小さな正の宇宙定数を持っている。[72]

短かな居地での重力の性質は、宇宙定数の値とはいくらか独立であるが[73]、正の宇宙定数に対するAdS/CFTのバージョンが求められている。2001年アンドリュー・ストロミンジャーは、dS/CFT対応(英語版)と呼ばれる双対のバージョンを導入した。[74] この双対性は、正の宇宙定数を持ったド・ジッター空間のモデルを意味する。多くの天文学者は非常に初期の宇宙はド・ジッター空間に近かったと信じているので、天文学の観点からはその双対性は非常に興味を持たれている[18]。 我々の宇宙は、また、遠い将来はド・ジッター空間に似ているかもしれない[18]。

AdS/CFT対応は良くブラックホールの研究に有益であり[75]、AdS/CFTの脈絡で考えたブラックホールのほとんどが、非物理的である。実際、上記で説明したように、AdS/CFT対応のほとんどのバージョンが、非物理的な超対称性をもつ時空の高次元のモデルである。

2009年、モニカ・グイカ(Monica Guica)、トーマス・ハートマン(Thomas Hartman)、ウェイ・ソン(Wei Song)とアンドリュー・ストロミンジャーは、にもかかわらず、AdS/CFTの考えがある天文学的なブラックホールの理解に役立つことを示した。さらに詳しく言うと、彼らの結果を臨界ブラックホールやカーブラックホールにより近似されるブラックホールへ適用できる。臨界カーブラックホールは、与えられた質量と整合性を持つ限りの最大の角運動量を持つ。[76]彼らは、そのようなブラックホールが共形場理論の言葉での記述と等価な記述持っている。Kerr/CFT対応は、後日、小さな角運動量を持つブラックホールへ(この大きな角運動量を持つブラックホールの理論を)拡張したものである。[77]

AdS/CFT対応は、イーゴル・クレバノフとアレクサンドル・ポリヤコフの2002年の論文によって予想された別の双対性に密接に関連している[78]。 この双対性は、ある反ド・ジッター空間の上の「高次スピンゲージ理論」が、O(N)対称性を持つ共形場理論と等価であるというものである。ここで、バルクの理論は、任意の高次スピンの粒子を記述しているゲージ理論の一種である。この理論は弦理論に似ていて、そこでは振動する弦の励起モードが高次のスピンを持つ粒子に対応していて、AdS/CFT対応と対応の証明が、弦理論バージョンのよりよい理解の助けになるかもしれない。[79] 2010年、シモン・ギオンビ(Simone Giombi)とジー・イン(Xi Yin)は、3点函数と呼ばれる量を計算することにより、この双対のさらなる証拠を得た。[80]

 

 

 

確率密度関数

確率論において、確率密度関数(かくりつみつどかんすう、英: probability density function、PDF)とは連続確率変数がある値をとるという事象の相対尤度を記述する関数である。確率変数がある範囲の値をとる確率を、その範囲にわたって確率密度関数積分する事により得ることができるよう定義される。例えば単変数の確率分布を平面上のグラフに表現して、x軸に“ある値”を、y軸に“相対尤度”を採った場合、求めたい範囲(x値)の下限値と上限値での垂直線と、変数グラフ曲線とy=0の直線とで囲まれる範囲の面積が確率の密度に相当する。確率密度関数は常に非負であり、取り得る範囲全体を積分するとその値は1である。

確率分布関数 (probability distribution function)[1] あるいは確率関数 (probability function)[2] という用語は確率密度関数を指しているが、確率論研究者や統計学者の間では標準的でないとされる場合がある。他の資料に拠れば「確率密度関数」は値の集合に対する関数として定義されたり、累積分布関数との関係で言及されたり、確率質量関数の意味で使われたりする。さらには、密度関数 (density function) という用語が確率質量関数の意味で用いられている場合もある[3]。

例として、寿命が4〜6時間に一様に分布するバクテリアが居ると仮定する。この時バクテリアの寿命が丁度5時間である確率はどれ位だろうか? 答えは0%である。およそ5時間で寿命を迎えるバクテリアはある程度居るが、正確に5.0000000000...時間である確率は無視し得る。

一方で、寿命が5〜5.01時間である確率は如何であろうか? その答えは2%である。では、その1⁄10の範囲の5〜5.001時間である確率は? 答えは2%×1⁄10=約0.2%となる。さらにその1⁄10の範囲の5〜5.0001時間である確率は、およそ0.02%である。

従って、「バクテリアの寿命が5時間である確率」を問われた時、真の答えは0%であるが、より実用的には、(2時間)−1dtであると言える。これは“丁度5時間”を含む無限小の時間範囲を表現するもので、dt はその時間範囲を意味する。例えば、丁度5時間〜5時間+1ナノ秒の寿命である確率は、(2時間)−1 × 1ナノ秒 = 6 × 10−13 である。

(2時間)−1という量は、バクテリアの寿命が5時間である確率密度であり、確率密度関数 f は

f (5時間) = (2時間)−1

と表現される。f を取り得る時間範囲(微小に限らない)で積分すると、当該時間範囲内でバクテリアの寿命が尽きる確率を求めることができる。例えば、寿命が丁度5時間〜6時間である確率は (2時間)−1 × 1時間 = 0.5 である。

確率密度関数は多くの場合、絶対連続型の単変数分布(英語版)として考える。確率変数 X の密度fX を考え、fX が非負のルベーグ積分な関数であるとする。ここで、


である。従って、もし FX を X の累積分布関数とすると、


となり、


となる。直観的に、微小区間 [x, x + dx] に含まれる値を X がとる確率は fX(x)dx であると判る。


可測空間 (通常、Rn に可測集合としてボレル集合を考えたもの)中に存在する確率変数 X は、 中に測度 X∗P で確率分布する。 中の標準測度 μ に関する X の密度は、ラドン=ニコディムの定理より


である。これは、f は次の性質を持つ任意の可測関数であることを意味する。あらゆる可測集合 に対して、

上記の連続単変数の場合は、標準測度はルベーグ測度である。離散確率変数における確率質量関数は標本空間(通常、整数全体の集合またはその部分集合)内での数え上げ測度に対応する。

任意の測度で密度が定義できる訳ではないことに注意。例えば、連続確率分布に数え上げ測度を対応させることはできない。さらに、対応する測度が存在した時、密度はほとんど至るところで一意的である。

確率とは異なり、確率密度関数は1より大きな値を取ることができる。例えば、区間[0,1⁄2]の連続一様分布の確率密度は範囲0 ≤ x ≤ 1⁄2でf(x) = 2、その他の範囲でf(x) = 0である。

標準正規分布は下記の確率密度関数を持つ。


確率変数Xとその確率密度関数fが与えられた時、Xの期待値は(値が存在する場合は)下記の様に求められる。


全ての確率分布が密度関数を持つとは限らない。離散確率変数が持たない他にも、カントール分布は離散分布ではないにも関わらず、範囲内のあらゆる点で正の確率を持たない為、密度関数を持たない。

分布はその累積分布関数F(x)が絶対連続である場合にのみ密度関数を持つ。この場合Fはほとんど至るところで微分可能で、その導関数は確率密度を用いて下記の様に表せる。


確率分布が密度を示すとすると、有限可算集合の場合と同様に、集合{a}の全ての点の確率は0である。

2つの確率密度f、gがルベーグ測度ゼロ(英語版)の集合内でのみ異なる時、2つは正確に同じ確率分布から採られたと言える。

統計物理学(英語版)の分野では、累積分布関数の導関数確率密度関数との関係を非形式的に書いた以下の式が確率密度関数の定義として用いられる。

dtが無限小の時、Xが区間(t, t+dt)に含まれる確率はf(t)dtに等しい。

ディラックデルタ関数を用いると、ある種の離散確率変数に依って連続確率変数および離散確率変数の確率密度関数を統一的に表現することができる。試しに、2つの値しか採らない離散確率変数を考える。例えばラーデマッヘル分布(英語版)―すなわちそれぞれ1⁄2の確率で−1または1の値を採る分布―である。この変数の確率の密度は


である。より一般化すると、離散変数がn通りの実数値を取り得る時、その離散値をx1, …, xn、その確率をp1, …, pnとすると確率密度関数


と表記される。

これは実質的に、離散確率変数と連続確率変数を統合している。例として、上記の表現からは連続変数と同様に離散変数について統計学的パラメータ(平均、分散、尖度等)を計算可能である。

確率密度関数または確率質量関数を任意の媒介変数でパラメータ化することがしばしばある。例えば、正規分布の密度は平均 μ および分散 σ2を用いて下記のように表現できる。


このとき密度の族の定義域と族のパラメータの定義域との違いに留意することが重要である。パラメータの値が異なると、同じ標本空間(英語版)(変数が取り得る全ての値の集合で、同一である)に属する異なる確率変数の分布を表現する事になる。その標本空間は、その分布の族が示している確率変数の族の定義域である。与えられたパラメータの集合は、そのパラメータを用いた共通の関数として密度関数を記述できる確率分布族の内の1つを指す。確率分布の観点からすると、パラメータは定数なので、密度関数に変数を含まずパラメータのみを含む場合、パラメータは分布の正規化係数(英語版)(定義域全域での確率=1になる様に調整する係数)の一部を成す。この正規化係数は分布のカーネル(英語版)外にある。

パラメータが定数なので、さらに異なるパラメータで再パラメータ化して族の中に他の確率変数を位置付けることは、単に古いパラメータを捨てて式の中に新しいパラメータを置くだけに過ぎない。しかし、確率密度の定義域を変更する事には慎重さが必要で、作業量が多くなる。下の変数変換欄を参照。

n個の連続確率変数X1, …, Xnについて、通常結合確率密度関数と呼ばれる確率密度関数を定義することができる。この密度関数はn次元空間の定義域D中のn個の変数X1, …, Xnを用いて、下記の様に書く事ができる。


若しF(x1, …, xn) = Pr(X1 ≤ x1, …, Xn ≤ xn) がベクトル(X1, …, Xn)の累積分布関数ならば、結合確率密度関数偏微分で導く事ができる。

i=1, 2, …,nの時、fXi(xi)を変数Xiのみの関数(確率密度関数)とする。これは周辺密度関数と呼ばれ、確率変数X1, …, Xnの確率密度からXi以外のn−1個の変数を重積分する事で求められる。

結合密度を構成する連続確率変数X1, …, Xnがいずれも独立である時、


である。

n個の確率変数からなる結合密度関数が1つの変数のn個の関数であり、


である(それぞれのfiは密度でなくとも良い)ならば、n個の変数はそれぞれ独立で、それぞれの周辺密度関数は下記で表される。

以下に2変数での基本的な例を記す。2次元の確率ベクトル(X, Y)を とすると、x、yが共に正である第I象限で得られた の確率は


である。

確率変数Xの確率密度関数がfX(x)である時、別変数の確率密度関数Y = g(X)を計算することができる。(多くの場合は必要ないが。)これは「変数変換」と呼ばれ、実際面では既知の(一様分布等)乱数生成器から任意の形のfg(X) = fYを導き出す事ができる。

関数gが単調写像である時、その結果得られる密度関数は


である。ここでg−1は逆写像である。

このことは微分範囲に含まれる確率が変数変換後も不変である事からも判る。つまり、


または


である。一方、単調写像でない確率密度関数yは


(n(y)はg(x) = yを満たすxの解の数、g−1k(y)はその解)である。

これを見ると、期待値E(g(X))を求めるためには最初に新たな確率変数Y = g(X)の確率密度fg(X)を求める必要があると思いたくなる。しかし、


を計算するよりは寧ろ、


を計算する方が良い。

Xとg(X)の両方が確率密度関数を持つ時、あらゆる場合に2つの積分値は等しい。gが単射である必要はない。前者より後者の計算が簡単である場合がある。

上記の式は、1つよりも多くの変数に依存する変数(y と書く)に一般化できる。y が依存する変数の確率密度関数を f(x1, …, xn) とすると、依存関係は y = g(x1, …, xn) で表される。このとき得られる確率密度関数は[要出典]


となる。ただし積分は添え字の方程式の (n − 1) 次元の解全体を渡り、記号 dV は実際の計算にはこの解のパラメータ化に置き換えなければならない。変数 x1, ..., xn はもちろんこのパラメータ化の関数である。

これからより直感的な表現が導かれる。x を結合密度 f の n 次元確率変数とする。H を全単射微分可能な関数として y = H(x) であるならば、y は密度 g を持つ:


ここで微分は H の逆関数のヤコビ行列の y における値である。

独立性を仮定してデルタ関数を用いると、以下の様に同じ結果が得られる。

独立な確率変数Xi, i = 1, 2, …nの確率密度関数がfXi(xi)で与えられる時、Y = G(X1, X2, …Xn)の確率密度関数を計算できる。次の式は、Yの確率密度関数fY(y)とfXi(xi)をデルタ関数で結合するものである。

2つの独立な確率密度関数UとV(それぞれが確率密度関数を持つ)の和は両確率密度関数の畳み込みで表される。


この関係は、N個の独立な確率変数U1, …, UNの和に拡張できる。


これは下記に示す独立変数の商の場合と同様に、2通りの変数変換Y=U+VとZ=Vから導かれる。
 2つの独立な確率変数UとVがそれぞれ確率密度関数を持つ時、積:Y=UV、商:Y=U/V を変数変換に依って計算することができる。

2つの独立な確率変数UとVの商Y=U/Vは、次の様に変換される。



この時、結合密度p(Y,Z)はU,VをY,Zに変数変換することで計算でき、Yは結合密度からZを捨てる(英語版)事で導出できる。

その逆変換は、



である。

この変換のヤコビ行列 は、


である。

従って、


となる。

Yの分布はZの追い出し(英語版)に依って、


と計算される。

この手法で U, V を Y, Z に変換する時に不可欠な条件が全単射である。上記の変換は Z が V に直接逆写像され、与えられた V について U/V が単調写像であるので条件に適合している。これは、和:U + V、差:U − V、積:UV においても同様である。

独立確率変数の積の他の関数についても全く同じ手法で計算することができる。

2つの標準正規分布変数UとVについて、その比(商)は次の様に求められる。

まず、変数はそれぞれ下記の密度関数を持つ。



これを先に述べた様に変換する。



これから、


が導かれる。これは、標準コーシー分布である。