そんなに早く文明を発達させる必要がない

まず生命の維持が大事である。文明の発展はその後でいい。ここでわれわれは他の人間に生命を托卵する道を選んではいけない。強みに付け込むのも、弱みに付け込むのも同じである。とにかくネガティブな方法で人を頼っても、蝕み合うだけである。われわれはもっと個々の生命の在り方を考えるべきだ。それは満足が得られる生き方をしなかった者がいないということである。他者に与えられた理由でもってこれを成し遂げられることはない。人を蝕んでも、その魂はもちろんのこと再建の余地を考慮しなければならない。絶滅するまで利己的な生命を繰り広げるのは、われわれはよく見て知っている。独自のシェルターを築き、外部を遮断する。この際間違いなく外部を蝕んでいる。われわれは社会権を発展させた。これはSDGsにある通り「最後の一人まで」取り残されないふうでないと、回復することのできない債務超過を生んでしまうことを意味している。国際競争の概念というのは人が人と命を繋ぎ合っての範囲でなければ「死のレース」に過ぎず、いずれは私たちの体とともに消滅してしまう負荷を超えてしまうだろう。後戻りできないほど仲が悪くなってしまっては、それだけで人の命は千切れてしまうのだ。蝕むだけの命を増やし続ける前に、われわれは幸せになる温かみを他を犠牲にしない方法で果たさなければならない。回復する方法はないのかもしれない。休んでみるのもいいかもしれない。頭を休ませて、心を回復するのだ。頭を取るってゆうか、なんとか体に納めないと。

言葉の意味もないのにどうやって一個性が存在し得る

目立って眼中に入れる必要もあるまい。声もすべてやってるなら鼻から入ってくる。匠に全て浮かす。目にも鼻にも臭いも。ゆっくり避ける。ガスを撒き散らしているか、絶景を撒き散らしているか。だとしたら何で感じればいいんだろう。頭寄りの世界と、体寄りの世界。人が吸い込もうとしているのは、他人の不動産まで。それが今目の前にあるだろうか。そこまで入り込んでいる。