水星

僕の命が生きた言葉となってそこらじゅうを歩く。世の中で起きていることのほとんどは人災で。僕の命が生きた言葉となってそこらじゅうを歩く。交差している。世の中で起きていることのほとんどは人災で。命を選べたならば君は。どんな困難に立ち向かっていく?栄えるように浮かぶマーキュリー。宇宙でごった返す壊滅の連鎖。自分で築き上げた。そして1億年の壊変を防げるのは。すべての命を救ってみたい。ほんとは目に入れるのも成長を妨げているようで。とりもちを取ったの?弓を引いたの?どこまでもいけるように手を翳す。決して千切れることのない。もうひとりの私へ。なにもないほどの恋を届けたい。いつかおもってた。天使のように現れる私を。世界の片隅にもいき亘る。いまも膝を抱えて。生きる準備をしている人へ。個室みたいなものがあればなあ。すこしのペンと紙が手に入るような。ステップアップする情報が提示されるような。少しずつ失われていくのは。もしかして薬を自分で作れないから?女の子同士で助け合っているようでも。防犯にしかならない。国の認可を取りにいく。そんな。

ハイテクと環境政策。インテグレイティッド。

ハイテクと環境政策。インテグレイティッド。どんなコストをださない。必要な薬。生命を維持するのともうひとつ。「人を救いにいくこと」どんな準備が整ったら。あなたの薬をあなたがつくる。もちろん国の認可が必要だ。大量のインテグレイティッドされた資源と。それが個人80億人いる世の中で80億通りある。助け合うことは。環境能力は製薬を身に付ける段階で伸びていく。いうだけじゃなく。いうにしても右往左往して。少し人は生き残ることを考えたら環境にもわるく、要領もよくなく、手当たり次第つかっていくものなのだ。命をまもるのはこうした最後のステイだ。一定をもって流れているわけではない。こうしたものにスタビライズしていくということは『よりおおきな「環境にもわるく、要領もよくなく、手当たり次第つかっていくこと』に対応することである。たとえば地震とか。隕石とか。1,000年に一度の→に対応する。10,000年に一度の→に対応する、といった具合である。これらのものに対応できるということはつまり→ひとあたりがいい。ということになるだろう。だがますます我々は《災害時に個室を用意する》ように《人当たりのよさ》を奪っている気がする。だが、これらは《守られたことがある》から《守ろうとする》ものであって。守られなかったら守らないかもしれないし、守られた人はいつか守ってくれるかもしれない。

世界の意志とつながってはなれて形成して。俺たちのこころ世界と髪一重。

内向的になっておれのことばっか考えて。髪一重。そうだ。おれは世界の一部。一重になって世界は死ぬことを望んでいない。急に弱気になって気分を害する。そんな世界はあるか。いつもメディアの表面にあるように。俺たちのこころ世界と髪一重。うしなわれないようにするのもしないのも。世界の意志とつながってはなれて形成して。

フラクタルスカーム

まるで言葉には奥行きがない。そして言葉は人はフラクタルは背を向けている。私も人に向かって話しかけているかはわからない。人も私を向いているかはわからない。私を通した背景をみているかのようだ。スカームは向こうを向き、私はまるで直視しちゃいけないみたいだ。尚輝。スカームは向こうを向き、フラクタルは向こうを向いている。だれも私を見ようとしない。取りにいくのが難しい山菜のように。出動したがる消防士はまるで地獄にすんでいるようだ。消防団員は身の置き場こそが消防作用であるかのように。目が。人の不幸をほくそ笑んでいる目がそういっている。地獄の住人に。言葉だけは置いてきた。歌を歌うようにきれいごとをいって。あたまのはてまでその場その場でいきている。なんどもいう。火災にでることじゃない。身の置き場こそが消防作用であるのだ。

インターネットつまりロンダリング

この画面を見据える。どこに重心を添えようかと。私の手は汚れている。あたまだけは。私の手は汚れているか。イメージで愛されぬものを捕まえたか。たどりつけないのなら選択権はない。リニア宇宙船は重力があってはじめて成立するものか。惰性の摩擦飛行がないもの。ただレディエーションに侵されている気がする。足元をみるのか。このままだまって進むか。あたまの方は歩きたがってあるのだ。その理由がほしい。足元はいつも「いけるかどうか」なようだ。私は生きたいがこの足を歩かす理由が欲しいのだ。たとえば君の星までといっても足元は歩くことを選ばないだろう。

宇宙を歩けたらどうか。リニアコライダーのようにあるいて進むのだ。むしろ歩いていくしかないのではないか。月まで歩いていく。どれほどロマンチックだろう。我々の生命の化学(科学)だ。我々は月まで歩いていけるようになったと。だが月は周回運動している。どうやってレールを繋げるのか。次々と移り変わっていくレールを想像する。あらゆる周回軌道が競合せず四六地面に交差して月までの一本ルートを照らしている。それに縦のルートはない。折りかさなった何重(何層)にもつながるビームなのだ。そんな月までの線を一本引けたら我々の旅行は楽しいものとなるだろう。みられてるんだろうな。電場に。ひとことおべっかをいうこと。大変きけんなことだったんだ。

手の一体と化したものたちに遊び場を提供する。

おれの野球は嗾けられてやっているのか。「話になんねえ」と手の一体と化したものたちが打ってくる。やるべきことは耳と手の間。いま俺が打った気がした。バントのような鈍い音だったかもしれない。汗と涙の味がした。誰かにホームでスチールでタックルする。アウトだったかもしれない。白ヘルはつけてなかったかもしれない。壁に向かって投げ込むような。それを女子はできるだろうか。男ならばあっさりとスポ公にいってた。俺の目線が。くさってもおせっかいを焼こうとしている。日に日に暮れるセカンド練習をベンチに座ってどんどん眺めようとしている。視界を振り解けない。それは俺も一緒だ。このものたちを始末するのに。手の一体と化したものたちに遊び場を提供する。こいつらは当然なんでもやる。話になんねえよ。どうだか。おれはサイドスローで投げてみた。渡過線で抱き合ったまま。それは。とりあえずサイドスローで投げてみよう。たまたま俺が魁身の父親だったからいけただけかもしれない。こうしてあるやりかたが敗れる。しかしながら次はアンダースローで。最終的にスリークオーターかもしれない。ふむ。そうだ。オーバースローはどうかといえば。ふむ。バスケのフェイクみたいに渡過線で抱き合ったままを避ける。このようにしてわりかしぽんちゃんは守られるものだし。バスケもついでにうまくなる。最終的に「キモさに便乗していることがどうか」という話になる。これは私的には「No」女子は「余地がある」といったとこなのだろう。だっておれが先導切って開けた穴なんだぜ?まず高専もそうだろう。「嗾けありき」あれは。棒のほう握ってんのか。さも。「仲良くしましょう。」握手。みたいに。握手もまあ。棒のほう握ってるっちゃあ握ってるんだろうな。小林化学の冴え渡るところだ。棒のほう握るちからでどこまでもいけるきがする。下に付かない。ということだろうか。情けももはや。サッカーでもするか。あ。アレクサンドロフ空間と思ってしまう部分がある。どうやったらうまくなるのかわからない。一切動かないほうがいい気もする。おれはコート全体を眺められていない。だいたい広すぎる。それを考えればゴルフもコート全体を眺められていない。ゴルフのコート全体を眺めると野球のスイングもうまくなる気がする。そもそも打つ目的もよくわかっていない。まさか野球で2打ということはあるまい?まあでも片手打ちをしてみたいきもする。バットでテニスもおもしろい。自分の間が取れるようになったら人と対戦したくなる。おもしろおかしいことだろう。私の間の抜く作業は。つまり人の。呼吸のように。見放題なのだとわかる。それをやめないだろう。世に抜きどころがあるかぎり。吉沢亮もしかりであるし。それにちかいものそれにちかいものもしかりである。いっこうに失われる気配はない。電場とはそういうものであるかもしれない。掘って掘って掘りまくる。やめどころがぜんぜんわからない。

リニア宇宙船

けっこう宇宙は低温であるから、こういったことを考えるのは理にかなっているようにかんじる。まさに宇宙はリニアを展開するにはいいフィールドであるようにおもえるのだ。途中停車駅もそれほど必要ではないし、いったいどれほど加速できるのであろうか。排熱する設備であればこと欠かない。対が必要なのであろうか。非常に軽いプラ板を宇宙に放り投げるなんてどうだろうか。軽く軌道にのるようなプラ板を。むしろ宇宙にはそれほど動力が必要ないか。《フライングミラー》をかんがえているような状況だ。もはや物質としてどうレディエーションと付き合うか。紫外線を避けるのか。物質を消費するのか。いずれにせよ大気を形成しなくては我々は顔を上げることもできない。放爆の評価が非常に重要になってくる。軌道するリニアと。放爆の評価。とても経済を成し遂げられそうにない。軌道するリニアは何軌道ぐらい必要なのか。着地する必要がないなら非常に安い。第二種表面の星。第一種表面の星。磁場は非常に重要で電場はすぐに失われそうだ。スカームによって評価されて取引される部分もあるだろう。ポアンカレ表面しかこのよにないようだ。だから若い子たちは勉強ができないんじゃないだろうか。《ユークリッド表面などないみたいだ》と。ホーキングのエバポレーションも非常に貴重なものであろう。なにせ「物質からのやりとり」であるから。球体なものが非常に怖くなってきた。我々は触れられないのではないか。球体も存在しないのではないか。