共形場理論(きょうけいばりろん、Conformal Field Theory, CFT)

共形場理論(きょうけいばりろん、Conformal Field Theory, CFT)とは、共形変換に対して作用が不変な場の理論である。特に、1+1次元系では複素平面をはじめとするリーマン面上での理論として記述される。

共形変換に対する不変性はWard-Takahashi恒等式を要請し、これをもとにエネルギー-運動量テンソル(あるいはストレステンソル)に関する保存量が導出される。また1+1次元系においては、エネルギー-運動量テンソルを展開したものは、Virasoro代数と呼ばれる無限次元リー代数をなし、理論の中心的役割を果たす。

共形変換群は、時空間の対称性であるポアンカレ群の自然な拡張になっており、空間d-1次元+時間1次元のd次元時空間ではリー群SO(d,2)で記述される。この変換群の生成子は(d+2)(d+1)/2個あり、その内訳は以下のとおり。

d(d-1)/2: 空間 d-1 + 時間 1次元空間のローレンツ変換
d: d次元空間の並進+時間推進
※以上が、部分群としてのポアンカレ群の生成子をなす。 スケール普遍性は定義より以下の変換(ディラテーション)を示唆する。

1: スケール変換(計量の目盛りの変更)
さらに強く、共形不変性を要求すると

d: d次元時空の特殊共形変換(反転×平行移動×反転)
が加わる。この代数SO(d,2)を共形代数(conformal algebra)と呼ぶ。

場の理論の基本的な可観測量である相関関数(場の演算子の積の真空期待値)は共形代数によって強い制限を受ける。特にユニタリな共形場の理論においては、例えばスカラー演算子の二点関数は と定まってしまう。ここで、 は演算子 のスケーリング次元と呼ばれる(理論依存の)パラメータである。

2次元共形場理論は歴史的には1984年にBelavin、ポリャコフ、Zamolodchikov(BPZ)によって初めて定式化された[1]。2次元共形場理論で言及するのは次のような場合である。

一般に(2+1次元以上の時空では)共形変換群は有限個の生成子からなる有限次元リー群である。しかし、空間1次元+時間1次元(d=2)の2次元共形場理論場合に限り、共形変換群SO(2,2)は正則関数の等角写像の変換群(無限次元リー群)に拡張される。この場合共形変換群SO(2,2)は無限個の生成子からなる代数(Virasoro 代数)の部分代数となる。Virasoro代数から得られるヒルベルト空間に対する制限は強力であり、ミニマル模型と呼ばれる模型群に対しては、(これには臨界点上の2次元イジング模型も含まれる)全ての相関関数の振る舞いをVirasoro代数とWard-Takahasi恒等式から厳密に求めることができる(可解である)。可解である2次元共形場理論は、2次元統計系あるいは1+1次元量子系を理解する上で強力な武器となっている。

数学・物理学においてヴィラソロ代数(ヴィラソロだいすう、英語: Virasoro algebra)は円周上定義される複素多項式ベクトル場の中心拡大として与えられる無限次元複素リー環で、共形場理論や弦理論において広く用いられる。名称は物理学者のミゲル・ヴィラソロ(英語版)に由来する。

ヴィラソロ代数とは交換関係


を満たす可算無限個の元 によって生成されるリー代数である(1/12 という因子は単に慣習的なものである)。ここでの中心元 C はセントラルチャージと呼ばれる。

ヴィラソロ代数は、円周上の多項式ベクトル場全体の成す複素ヴィット環の中心拡大である。円周上の実多項式場全体の成す実リー環は円周上の微分同相全体の成すリー環の稠密な部分リー環である。

弦理論におけるエネルギー・運動量テンソルは世界面(英語版)の共形群の生成元すべてを含むので、2つのヴィラソロ代数の直積の交換関係に従う。これは、共形群が前方および後方光円錐の分離微分同相に分解されるからである。世界面の微分同相不変性はエネルギー・運動量テンソルが消えることをも意味している。このことはヴィラソロ制限(英語版)として知られ、量子化された理論では、すべての状態について成り立つのではなく、物理的な状態(ノルムが正の状態)にだけ成り立つ(グプタ・ブロイラー量子化(英語版)参照)。

ヴィラソロ代数の最高ウェイト表現とは、


を満たし、 ( ) となるようなベクトル によって生成されるベクトル空間である。このとき の固有値である複素数 を最高ウェイトと呼び、ベクトル を最高ウェイト の最高ウェイトベクトルと呼ぶ。(注意:通常、表現と言った場合にはリー代数から への準同型写像 のことであるが、ヴィラソロ代数の表現論においては上記の によって生成される表現空間 そのものを最高ウェイト表現と呼ぶことが多い。また表現の記号 は省略して、よく を と表記する。またヴィラソロ代数の元としての とその固有値 とに同じ文字 が使われることもある。)

ヴィラソロ代数の最高ウェイト表現は以下の形のベクトル


の線形結合によって張ることができる。またこの形のベクトルがすべて線形独立であるとき、その最高ウェイト表現をヴァーマ加群(英語版)と呼ぶ。これらのベクトルはすべて の固有ベクトルであり、その固有値は である。従って最高ウェイト のヴァーマ加群は の固有空間によって分解され、固有値 ( ) の固有空間の次元は の分割数 となる。 またこのときの をその固有空間のレベルと呼ぶ。

最高ウエイトベクトル によって生成される最高ウエイト表現 には 以下の条件によって定まる不偏内積 が定義される:


最高ウエイト表現の2つのベクトルはレベルが異なるとき不変内積について直交する。 どの複素数の組 ( , ) についても、既約最高ウェイト表現が一意的に存在する。

既約でない最高ウェイト表現はカッツ行列式から求められる。 レベルNのカッツ行列とは、整数 N の分割 と (つまり となる正整数の有限列)に対して、内積


を成分にもつ 行列のことで、 その行列式をカッツ行列式という。 ヴィラソロ代数の中心 c を


とパラメトライズし、整数r, sに対して


と置くと、 カッツ行列式 には以下の公式が知られている。


(関数 p(N) は分割数であり、AN は定数である) この公式は Kac (1978) によって主張され(Kac & Raina (1987) も参照)、Feigin & Fuks (1984)において初めて証明された。 に対応するヴァーマ加群では、以下に説明する特異ベクトルが存在するため、可約となる。 特に、q/pが正の有理数の場合、無限個の特異ベクトルが存在しそれらの生成する極大部分加群による商をミニマル表現という。 この表現はBelavin (1984) らが研究を始めたミニマル模型(英語版)に対応する。 この結果は Feigin & Fuks (1984) によってすべての既約最高ウェイト表現の指標を求めるために使われた。

ヴィラソロ代数の最高ウエイト表現上のベクトル が特異ベクトルであるとは


となることである。最高ウエイトが のとき、ヴァーマ加群はレベル rs に特異ベクトルを持つ。 特異ベクトルが存在するとそれを最高ウエイトベクトルとする部分加群が存在するので、 元の表現の既約性を判定することができる。 また特異ベクトルはヴィラソロ代数を自由場表示することによって、 長方形ヤング図形に対応したジャック多項式(英語版)に一致することが知られている。

最高ウェイト表現がユニタリであるとは、内積 が正定値となるということである。 実数の固有値 , を持つ既約最高ウェイト表現がユニタリであるのは、 かつ である場合、若しくは 上の条件 にさらに制限を加え が


(m = 2, 3, 4, ...) のいずれかの値をとり、かつ hが


(r = 1, 2, 3, ..., m−1; s= 1, 2, 3, ..., r) のいずれかの値をとる場合であり、かつそのときに限る。 このときq=m, p=m+1に対応している。 これらの条件の必要性は Friedan, Qiu & Shenker (1984) によって示され、Goddard, Kent & Olive (1986) がコセット構成(英語版)あるいはGKO構成(英語版)(ヴィラソロ代数のユニタリ表現をアフィンカッツ・ムーディリー環のユニタリ表現のテンソル積と同一視する)を用いて十分性を示した。c < 1 を持つユニタリ既約最高ウェイト表現は、ヴィラソロ代数の離散系列表現と総称される。

離散系列表現の最初のほうは以下のように与えられる。

m = 2: c = 0, h = 0. (自明表現)
m = 3: c = 1/2, h = 0, 1/16, 1/2. (イジング模型に関連する 3 種類の表現)
m = 4: c = 7/10. h = 0, 3/80, 1/10, 7/16, 3/5, 3/2. (三重臨界イジング模型に関連する 6 種類の表現)
m = 5: c = 4/5. (3-状態ポッツ模型に関連する 10 種類の表現)
m = 6: c = 6/7. (三重臨界 3-状態ポッツ模型に関連する 15 種類の表現)

を交換関係


を満たすハイゼンベルグ代数の生成元とする。 このときヴィラソロ代数の生成元は


と表示することができる。ただし は正規順序化の記号であり、 ヴィラソロ代数の中心を とパラメトライズした。

ヴィラソロ代数の超対称的拡大にヌヴ・シュワルツ代数(英語版)、ラモン代数(英語版)と呼ばれる2つがある。これらの代数の理論はヴィラソロ代数のそれとよく似ている。

ヴィラソロ代数は、種数 0 のリーマン面上で固定された2点を除いて正則であるような有理型ベクトル場全体の成すリー環の中心拡大である。Krichever & Novikov (1987) はより高い種数のコンパクトリーマン面上で固定された2点の例外を除いて正則であるような有理型ベクトル場全体の成すリー環の中心拡大を発見、また Schlichenmaier (1993) はこれを例外が2点より多い場合に拡張した。

ヴィット環(ヴィラソロ代数から中心拡大を除いたもの)は Cartan (1909) によって発見された。その有限体上の類似物が1930年代にエルンスト・ヴィットによって研究される。ヴィラソロ代数を与えるヴィット環の中心拡大が(正標数の場合に)初めて Block (1966, p. 381) によって発見され、それと独立に Gel'fand & Fuks (1968) によって(標数0の場合が)再発見された。ヴィラソロは1970年、双対共鳴モデルの研究の中でヴィラソロ代数を生成する演算子のいくつかを書き下ろしているが、中心拡大の発見には到っていない。Brower & Thorn (1971, p. 167) によれば、中心拡大がヴィラソロ代数を与えることの物理学における再発見は程なく J. H. Weis によって成されている。