カルシウムカーバイド

炭化カルシウム(たんかカルシウム)、別名カルシウムカーバイド (calcium carbide) は、化学式 CaC2 で表される化合物である。灰色がかった白色固体で、主にアセチレンガスの簡便な発生源として利用される。

燃料用に市販されているカルシウムカーバイドは灰白色の塊状固体である。これには不純物としてリン化カルシウムや硫黄などが含まれている。この不純物に由来するホスフィンや硫化水素のため、市販品によって発生したアセチレンはわずかな不快臭を呈する。純粋な炭化カルシウムは無色透明の結晶である。

生石灰とコークスの混合物を電気炉で約2000℃に加熱することによって作られる。反応式を以下に示す。

CaO

+
3
C

CaC
2

+
CO
{\displaystyle {\ce {CaO\ +3C->CaC2\ +CO}}}
炭化カルシウムの合成には普通の燃料の燃焼では容易に達することができないような高温を必要とするため、グラファイト電極を具えた電気炉を使って反応を行う。その工業過程は化学分野での産業革命において重要な役割を果たした。19世紀以降、ナイアガラの滝などでの水力発電によって大量の電力が安価に供給されるようになったため、電気炉の大規模な利用が可能になった。

炭化カルシウムと水の反応は1862年にフリードリヒ・ヴェーラーによって見出された。1グラムの CaC2 からは370ミリリットルのアセチレンが生成する。

CaC
2

+
2
H
2
O

C
2
H
2

+
Ca
(
OH
)
2
{\displaystyle {\ce {CaC2\ +2H2O->C2H2\ +Ca(OH)2}}}
この反応は溶解アセチレンの工業的製造に応用されており、近代工業における炭化カルシウムの主な用途のひとつである。また伝統的な照明器具であるアセチレンランプは、炭化カルシウムに水を滴下することによって発生させたアセチレンガスを燃焼させる。

炭化カルシウムは鉄鋼業においても使われ、精錬によって酸素や硫黄などの不純物を取り除く段階で添加される。また、汲み取り式のトイレ用の脱酸化剤としても使われる。

オランダやベルギーの伝統的な遊びである、金属製の筒にカーバイドと水を入れ、発生したガスに点火して大砲のような音をさせる "Carbidschieten" (カーバイド撃ち)や、玩具の大砲(ビッグ・バン・キャノンなど)でも用いられる。

リン化カルシウムと共に、自然性の照明弾に使われる。

また、高温下で窒素と反応させて、肥料として使われているカルシウムシアナミドの合成にも使われる。

CaC
2

+
N
2

CaCN
2

+
C
{\displaystyle {\ce {CaC2\ +N2->CaCN2\ +C}}}

発光デバイス

窒化アルミニウム(ちっかアルミニウム, aluminum nitride, AlN)はアルミニウムの窒化物であり、無色透明のセラミックスである。アルミナイトライドともいう。

結晶構造はウルツ鉱構造(六方晶系)と閃亜鉛鉱構造(立方晶系)の2種類を取りうるが、前者がエネルギー的に安定である。ウルツ鉱構造の格子定数は、a軸が約 3.11 Å、c軸が約 4.98 Å である。

バンドギャップは約 6.3 eV と非常に大きく、絶縁体である。そのため窒化ガリウムを発光デバイスとして用いる際の障壁層として用いられる。

化学的には非常に安定した物質であり、一般的な酸(塩酸、硫酸、硝酸など)や塩基には溶けない。しかし、粉末状態の窒化アルミニウムは空気中の水と容易に反応して、

AlN

+
3
H
2
O

Al
(
OH
)
3

+
NH
3
{\displaystyle {\ce {AlN\ +3H2O->Al(OH)3\ +NH3}}}
という反応を起こす。従って粉末は乾燥空気または高純度窒素ガス中で保管する必要がある。

アルミニウムは地金を新造する際に「電気の缶詰」といわれるほど多量の電気を消費するが、再生する場合には新造時の約 3% のエネルギーしか要さないためリサイクルの優等生と言われる。しかし、実際には融解時に空気中の窒素と反応して窒化アルミニウムとして一部が失われる。

2
Al

+
N
2

2
AlN
{\displaystyle {\ce {2Al\ +N2->2AlN}}}
この窒化物は融解時にるつぼの表面に浮かぶのでスカムとして捨てられるが、上記のように空気中の水分と徐々に反応してアンモニアを生じ、結晶性物質が残る。

セラミックの中では熱伝導率が高く電気絶縁性が高いため、ヒートシンク部材として使われる。

ヒートシンク(英: heat sink)とは、放熱・吸熱を目的として機械の構造の一部をなす部品である。

主に、伝熱特性の良いアルミニウム、鉄、銅などの金属が材料として用いられることが多い。その用途により、大きさ・形状も、千差万別であり、小さいものは数mmから、大きなものは数百メートル程度まである。

ヒートシンクの性能は、熱抵抗によって表され、一般的用途においては熱抵抗が小さいものほど性能が高い。熱抵抗は、ヒートシンクの材質、大きさ、形状などによって決まり、ヒートシンクの性能を上げるために表面積が広くなるような形状(一般的にはフィンと呼ばれる板や棒の生えた剣山状や蛇腹状)に成型されることが多い。

放熱・吸熱量を増大させる目的で、ファンを取り付ける場合がある。

分子構造のある部分と異なる部分が混ざり合わない溶媒(分散系)

一般に、水と油のように相互に混ざり合わない液体は、界面張力が大きいので液滴状に分散しても滴が合体することによって界面の面積を小さくする作用が働いて、最終的には二つの層に分離する。

分子構造のある部分と異なる部分が混ざり合わない溶媒(分散系)に対して親和性をもつ物質を両親媒性物質と呼ぶ。分散系に両親媒性物質を添加すると、この物質がそれぞれの溶媒に配向し界面を覆い尽くすように分布する。

一方の物質(混ざり合わない液体のうちの一方または両親媒性物質、またはその混合物)が粒状に会合し(異なる分子が層状に分布し)ている構造を「ミセル (micelle)」と呼び、両親媒性物質がミセルを形成すると液滴の分散系が安定化する。

両親媒性物質が分布することによって界面張力は低下し、特にイオン性物質の場合は電気二重層を形成して液滴間に静電反発力が働くなど、界面を保護するように作用するので、分散系の液滴は安定化する。

たとえば石鹸など陰イオン系界面活性剤は疎水性基を油滴側、カルボキシレートアニオン基を水側に向けて界面に配向することで油を水に可溶化する。一方、カルボキシレートアニオン基の負電荷は分極した水を引き付け、アニオン電荷と分極した水の電荷から構成される電気二重層を形成する。これによって油滴表面には同種の電荷が存在するので油滴どうしは反発し、エマルションは安定する。

ミセルを形成するためには両親媒性物質(界面活性剤)が界面に一定量以上存在する必要があり、ミセルを形成するのに必要な最低限の界面活性剤濃度を臨界ミセル濃度 (critical micelle concentration: CMC) と呼ぶ。この値が小さいほど界面活性剤としての能力は高い。

水-油系エマルションを形成する場合、油滴が水に分散する水中油滴(O/W型)エマルションか、油中水滴(W/O型)エマルションのいずれかの構成をとる。乳化剤の親水性と親油性の強度がどの程度であるかによって、どちらの状態をとりやすいかが決まる。温度変化などによってO/W型とW/O型との間を移り変わる転相と呼ばれる現象も見られ、その温度を転相温度(HLB温度)という。

乳化剤(界面活性剤)の親水性と親油性の相対的強度を表す指標として親水親油バランス(HLB値)が用いられている。HLB値が大きいほど親水性の強度が強い。乳化剤のHLB値が大きいと水中油滴(O/W型)エマルションを形成しやすく、小さいと油中水滴(W/O型)エマルションを形成しやすい。

44meV

正孔(せいこう)は、ホール(Electron hole または単にhole)ともいい、物性物理学の用語。半導体(または絶縁体)において、(本来は電子で満たされているべき)価電子帯の電子が不足した状態を表す。たとえば光や熱などで価電子が伝導帯側に遷移することによって、価電子帯の電子が不足した状態ができる。この電子の不足によってできた孔(相対的に正の電荷を持っているように見える)が正孔(ホール)である。

半導体結晶中においては、周囲の価電子が次々と正孔に落ち込み別の場所に新たな正孔が生じる、という過程を順次繰り返すことで結晶内を動き回ることができ、あたかも「正の電荷をもった電子」のように振舞うとともに電気伝導性に寄与する。なお、周囲の価電子ではなく、伝導電子自由電子)が正孔に落ち込む場合には、伝導電子と価電子の間のエネルギー準位の差に相当するエネルギーを熱や光として放出し、電流の担体(通常キャリアと呼ぶ)としての存在は消滅する。このことをキャリアの再結合と呼ぶ。

正孔は、伝導電子と同様に、電荷担体として振舞うことができる。正孔による電気伝導性をp型という。半導体にアクセプターをドーピングすると、価電子が熱エネルギーによってアクセプタ準位に遷移し、正孔の濃度が大きくなる。また伝導電子の濃度に対して正孔の濃度が優越する半導体をp型半導体と呼ぶ。

一般に正孔のドリフト移動度(あるいは単に移動度)は自由電子のそれより小さく、シリコン結晶中では電子のおよそ1/3になる。なお、これによって決まるドリフト速度は個々の電子や正孔の持つ速度ではなく、平均の速度であることに注意が必要である。

価電子帯の頂上ではE-k空間上で形状の異なる複数のバンドが縮退しており、それに対応して正孔のバンドも有効質量の異なる重い正孔(heavy hole)と軽い正孔(light hole)のバンドに分かれる。またシリコンなどスピン軌道相互作用が小さい元素においてはスピン軌道スプリットオフバンド(スピン分裂バンド)もエネルギー的に近く(Δ=44meV)、独立に議論するのがその分難しくなる。移動度を特に重視する用途の半導体素子においては、結晶に歪みを導入することで、価電子帯頂上の縮退を解くと共に、量子準位を入れ換えて軽い正孔を主に用い、フォノン散乱やキャリアの実効有効質量の削減を図ることがある。

なお、正孔の意味で言う「ホール」とは「穴(hole)」の意味であり、ホール効果(Hall effect)の「ホール」(人名に由来)とは異なる。

ホウ素(ホウそ、硼素、英: boron、羅: borium)は、原子番号 5、原子量 10.81、元素記号 B で表される元素である。高融点かつ高沸点な硬くて脆い固体であり、金属元素非金属元素の中間の性質を示す(半金属)。1808年にゲイ=リュサックとルイ・テナールの2人の共同作業及びハンフリー・デービーによってそれぞれ個別に単体の分離が行なわれた。元素名はアラビア語で「ホウ砂」を意味する「 Buraq (ブラーク)」に由来する。

ホウ素は同じ第13族元素であるアルミニウムなどよりも第14族元素である炭素やケイ素に類似した性質を示す。結晶性ホウ素は化学的に不活性であり耐酸性が高く、フッ化水素酸にも侵されない。ホウ素の化合物は通常+3価の酸化数を取り、ルイス酸としての性質をもつハロゲン化物や、ホウ酸塩鉱物中で見られるホウ酸塩、三中心二電子結合と呼ばれる特殊な結合様式を取るボランなどがある。ホウ素には13の既知の同位体があり、天然に存在するホウ素は80.1%の11Bと19.9%の10Bからなっている。

ホウ素は地殻中の存在率が比較的低い元素であるが、鉱床を形成するため容易に採掘可能であることから人類による利用の歴史は長く、古くから釉薬として使われていた。現代ではガラス向けの用途に使われることが多く、2011年のホウ酸塩消費量のおよそ60%がガラス用として消費されている。その他、半導体ドーパントや超硬度材料、音響材料、殺虫剤などに利用される。

植物にとってホウ素は細胞壁を維持するために必要な必須元素であり、ホウ素の欠乏によって成長障害が引き起こされる。動物にとっても必須元素であると考えられているが、その生物学的な役割はよく知られていない。ヒトや動物に対しては食塩と同程度に無毒な物質であるが、植物では高濃度のホウ素を含む土壌で葉の壊死などの障害が発生し、昆虫に対しては強い毒性を示す。

ホウ素には複数の同素体があり物性値は同素体によって異なる値を示すが、全体として高融点かつ高沸点な硬くて脆い固体である[17]。例えば融点はアモルファスホウ素で2300 ℃[18]、β菱面晶ホウ素で2180 ℃[19]であり、沸点はβ菱面晶ホウ素で3650 ℃[19]。アモルファスホウ素は2550 ℃で昇華する[18]。β菱面晶ホウ素のモース硬度は9.3[20]。比重はα菱面晶ホウ素が2.46、β菱面晶ホウ素が2.35である[18]。

単体のホウ素は金属元素非金属元素の中間の性質を示す半金属元素であり、安定した共有結合を形成するという点では同じ第13族元素であるアルミニウムやガリウムなどの金属元素よりもむしろ炭素やケイ素と類似した性質を示す[21]。これはホウ素の第一イオン化エネルギーが8.296 eVと非常に高いためイオン化しにくく、2s22p1の最外殻電子がsp2混成軌道を形成する方がエネルギー的に有利であることに起因する[22]。単体ホウ素におけるホウ素同士の結合もまた共有結合性が強いため、自由電子として導電性に寄与できる電子が少なく、導電性を示すものの導電性は低いという半金属に特有な性質が現れる原因となる[23]。また、このような電気的特性を有するため単体ホウ素は半導体としての性質を示す[24]。

結晶性ホウ素は化学的に不活性であり、フッ化水素酸や塩酸による煮沸に対しても耐性を示す。微細粉末は熱濃過酸化水素や熱濃硝酸、熱硫酸もしくは熱クロム酸混液に対して徐々に侵される[14]。ホウ素の酸化率は結晶化度、粒径、純度および温度に依存する。ホウ素は室温では空気と反応しないが、高温では燃焼して酸化ホウ素を形成する[25]。

4
B

+
3
O
2

2
B
2
O
3
{\displaystyle {\ce {4B\ +3O2->2B2O3}}}
ホウ素はハロゲン化によって三ハロゲン化物を形成する。

2
B

+
3
Br
2

2
BBr
3
{\displaystyle {\ce {2B\ +3Br2->2BBr3}}}
三塩化ホウ素は通常、酸化ホウ素から合成される[25]。

アルミニウム(羅: aluminium[2]、英: aluminium, aluminum [ˌæljəˈminiəm, əˈljuːmənəm])は、原子番号 13、原子量 26.98 の元素である。元素記号は Al。銀に似た外見をもち軽いことから軽銀(けいぎん)と呼ばれることもある。アルミニウムをアルミと略すことも多い。


「アルミ箔」、「アルミサッシ」、一円硬貨などアルミニウムを使用した日用品は数多く、非常に生活に身近な金属である。天然には化合物のかたちで広く分布し、ケイ素や酸素とともに地殻を形成する主な元素の一つである。自然アルミニウム (Aluminium, Native Aluminium) というかたちで単体での産出も知られているが、稀である。単体での産出が稀少であったため、自然界に広く分布する元素であるにもかかわらず発見が19世紀初頭と非常に遅く、精錬に大量の電力を必要とするため工業原料として広く使用されるようになるのは20世紀に入ってからと、金属としての使用の歴史はほかの重要金属に比べて非常に浅い。

単体は銀白色の金属で、常温常圧で良い熱伝導性・電気伝導性を持ち、加工性が良く、実用金属としては軽量であるため、広く用いられている。熱力学的に酸化されやすい金属ではあるが、空気中では表面にできた酸化皮膜により内部が保護されるため高い耐食性を持つ[3]。

真性半導体であるケイ素に微量のアルミニウムを添加することにより、P型半導体が得られる。

スラリー爆薬などの水湿状態の火薬に混ぜるとアルミニウムの表面で以下のような反応が起きて発熱し水素が発生する。このため、アルミニウム粉の火災には水をかけることは禁忌とされている。

2
Al

+
6
H
2
O

2
Al
(
OH
)
3

+
3
H
2

含水爆薬(がんすいばくやく、英語:Water gel explosive) は、硝酸アンモニウムを主剤とし5%以上の水を含有する比較的安全な爆薬である。スラリー爆薬とエマルション爆薬がある。いずれも耐水性である。

スラリー爆薬 (Slurry explosives) は1957年にメルビン・クックによって発明された。 水分10%~20%と硝酸塩60%~70%の混合物である。泥状またはゲル状の爆薬で「スラリー」とは「ドロドロした物」という意味である。威力を増すための発熱材としてのアルミニウム粉末や鋭感剤、架橋剤、粘稠剤を添加する。

エマルション爆薬 (Emulsion explosive) は、油中水型エマルションからなるゲル状の爆薬。油相は油とワックス、水相は硝酸アンモニウムなどの硝酸塩の水溶液で、界面活性剤でエマルションをつくる。水の含有率は10%前後である。

化学反応、パーライト、中空ガラスビーズ、機械的混合などで安定した微細な空気泡を含有させ、爆発性を増大させる。

エマルションまたはエマルジョン[1](英: emulsion [imʌ'lʃən])とは、分散質・分散媒が共に液体である分散系溶液のこと。乳濁液(にゅうだくえき)あるいは乳剤(にゅうざい)ともいう。身近な例としてはマヨネーズ・木工用接着剤・アクリル絵具・写真フィルムの感光層・アスファルト舗装のシール剤が挙げられる。

分離している二つの液体をエマルションにすることを乳化(にゅうか)といい、乳化する作用をもつ物質を乳化剤(にゅうかざい)という。

化粧品の乳液を指すこともある。農薬ではエマルションと乳剤を区別し、有効成分を有機溶剤および界面活性剤に溶解した溶液(水と混合してエマルションにしてから使用する)を乳剤 (emulsion concentrate: EC) と呼ぶ。

鋭感剤(えいかんざい、英:sensitizer)とは爆薬の起爆感度、伝爆感度を高める目的で添加する薬品である。

主な鋭感剤として以下のようなものがある。

ニトログリセリン
ニトログリコール
ニトロセルロース
ニトロトルエン
モノメチルアミンナイトレート
含水爆薬には鋭感剤として中空ガラスビーズを加える。

デュオデクテット (12) 則〜遷移金属中心

化学において、混成軌道(こんせいきどう、英: Hybrid orbital)は、原子価結合法において化学結合を形成する電子対を作るのに適した軌道関数(オービタル)である(これを原子価状態と呼ぶ)。混成(hybridization)は一つの原子上の原子軌道を混合する(線型結合をとる)概念であり、作られた新たな混成軌道は構成要素の原子軌道とは異なるエネルギーや形状等を持つ。混成軌道の概念は、第2周期以降の原子を含む分子の幾何構造と原子の結合の性質の説明に非常に有用である。

原子価殻電子対反発則(VSEPR則)と共に教えられることがあるものの、原子価結合および混成はVSEPRモデルとは実際に関係がない[1]。

分子の構造は各原子と化学結合から成り立っているので、化学結合の構造が原子核と電子との量子力学でどのように解釈されるかは分子の挙動を理論的に解明していく上で基盤となる。化学結合量子力学で扱う方法には主に、分子軌道法原子価結合法とがある。前者は分子の原子核と電子との全体を一括して取り扱う方法であるのに対して、原子価軌道法では分子を、まず化学結合のところで切り分けた原子価状態と呼ばれる個々の原子と価電子の状態を想定する。次の段階として、分子の全体像を原子価状態を組み立てることで明らかにしてゆく。具体的には個々の原子の軌道や混成軌道をσ結合やπ結合の概念を使って組み上げることで、共有結合で構成された分子像を説明していくことになる。それゆえに、原子軌道から原子価状態を説明付ける際に利用する混成軌道の概念は原子価軌道法の根本に位置すると考えられる。

ライナス・ポーリングは初め、メタン (CH4) といった分子の構造を説明するために混成理論を開発した[2]。この概念はメタンのような単純な化学系のために開発されたが、後により幅広く応用され、今日では有機化合物の構造を合理的に説明する有効な経験則であると考えられている。

混成理論は、分子軌道法ほど、定量的計算には実用的ではない。混成理論の問題点は、配位化学や有機金属化学において結合にd 軌道が関与する場合に特に顕著である。遷移元素化学において混成理論を用いることは可能であるが、一般的に正確ではない。

軌道は分子中の電子の挙動のモデル表現である。単純な混成の場合は、この近似は原子軌道に基づいている。炭素や窒素、酸素のようなより重い原子では、2sおよび2p軌道が原子軌道として用いられる。混成軌道はこれらの原子軌道の混合としたものと仮定され、様々な割合で互いを重ね合わせる。混成理論はこれらの仮定の下において最も適切であり、ルイス構造と等価な単純な軌道の描写を与える。混成は分子を描写するのに必要ではないが、この描写をより簡易に行うことができるようになる。

炭素の基底状態の電子配置は[He] 2s22p2である。そうすると原子価状態の軌道関数の特性から炭素の結合には2s軌道に帰結するものと、2p軌道に帰結するものの2種類存在することが示唆される。しかし、実際にはダイヤモンドの結晶構造やメタンの構造からは1種類の結合しか存在しないと考えられる。

元々、原子価結合法では水素分子の全電子の状態を表す際に、原子軌道の状態の重ね合わせを原子軌道の一次結合で定式化した。この場合も原子価状態の軌道関数も、2s軌道と2p軌道の重ね合わせで生成する混成軌道関数で定式化することが可能である。そして実際には、混成軌道関数で表される原子価状態は共有結合の方向性とも矛盾しない。

混成軌道の定式化には色々な組み合わせが可能であり、生成した混成軌道は基となった原子軌道(s軌道、p軌道)の名称を使って、sp3軌道(関数)、sp2軌道(関数)、sp軌道(関数)、spd軌道(関数)と呼ばれる。

そして、重ね合わせが可能になるためには原子軌道のエネルギー準位が同程度であることが必要な為、もっぱら主量子数が同じ原子軌道間で混成軌道が生成する。そしてd軌道などについては同一主量子数の軌道よりも、1つ主量子数が大きい原子軌道の方がエネルギー準位差が小さいのでそちらの方の原子軌道と混成することもある。

このように第2周期以降の原子は複数の混成軌道を取ることができ、有機分子や金属錯体などの分子構造の多様性をもたらしている。しかし実際の分子では必ずしも理論的な混成軌道とは異なる結合角を取る場合も多く、非共有電子対が混成軌道に及ぼす立体的な影響は原子価殻電子対反発則として知られている。

原子価殻電子対反発則(げんしかかくでんしついはんぱつそく、valence shell electron pair repulsion rule)は、分子の構造を最も簡単に推定する方法の一つである。電子対反発理論(でんしついはんぱつりろん)やVSEPR理論と呼ばれる場合もある。

この理論は1939年、槌田龍太郎によって提唱され、その後これと独立にナイホルムとガレスピーが発展させた。

原子価殻電子対反発則の基本となるのは「原子価軌道上の電子は相互に反発し、電子対はその反発が最も小さくなるように配置する」という考え方である。(電子は電子軌道に捕捉されているので、電子軌道間に反発があるとみなすことも出来る。)

結合電子対の占有する結合性軌道は2つの原子核の間に強く束縛されているので、非共有結合電子対の原子軌道よりも結合軸近傍に電子雲が集中している。電子の反発はクーロンの法則に従い、同じ距離であれば大きな領域を占有する電子軌道の場合ほど強く反発するので

非共有電子対間の反発 > 非共有電子対と共有結合電子の間の反発 > 共有結合電子間の反発
と考えることができる。

これを補足すると、結合電子対は結合原子間にとらわれているため狭い空間に閉じこめられているが、非結合電子対はより広い空間に広がっているため、非結合電子対同士の空間はより大きくなければいけない。そのため分子の構造を考えるときに、

非共有電子対間の角度 > 非共有電子対と共有結合電子の間の角度 > 共有結合電子間の角度
となる。

メタン、アンモニア、水の分子を考えると、共有結合軌道と非共有電子対軌道の数はそれぞれ(4:0)、(3:1)、(2:2)であり、非共有電子対軌道の反発の結果、共有結合の結合角は小さくなると考えられ、実際には109度、108度、104.5度である。

原子価殻電子対反発則は、オクテット則に従う典型元素後半の元素群だけでなく、ホウ素など電子対欠損を有する場合においても推定が可能であることから広く用いられている。非常に単純明快な定性的理論であるにもかかわらず、希ガス分子を含む多くの化合物の幾何構造を正しく予測することができる。ただし正確な距離や角度などの分子構造を定量することは出来ない。

1つのs軌道と3つのp軌道の重ね合わせにより4つの混成軌道が定式化され、sp3混成軌道関数と呼ばれる。次に炭素の場合の例を示す。

ψ
1
=
1
2
(
ψ
2
s
+
ψ
2
p
x
+
ψ
2
p
y
+
ψ
2
p
z
)
\psi _{1}={\frac {1}{2}}(\psi _{{2s}}+\psi _{{2p_{x}}}+\psi _{{2p_{y}}}+\psi _{{2p_{z}}})
ψ
2
=
1
2
(
ψ
2
s
+
ψ
2
p
x

ψ
2
p
y

ψ
2
p
z
)
\psi _{2}={\frac {1}{2}}(\psi _{{2s}}+\psi _{{2p_{x}}}-\psi _{{2p_{y}}}-\psi _{{2p_{z}}})
ψ
3
=
1
2
(
ψ
2
s

ψ
2
p
x
+
ψ
2
p
y

ψ
2
p
z
)
\psi _{3}={\frac {1}{2}}(\psi _{{2s}}-\psi _{{2p_{x}}}+\psi _{{2p_{y}}}-\psi _{{2p_{z}}})
ψ
4
=
1
2
(
ψ
2
s

ψ
2
p
x

ψ
2
p
y
+
ψ
2
p
z
)
\psi _{4}={\frac {1}{2}}(\psi _{{2s}}-\psi _{{2p_{x}}}-\psi _{{2p_{y}}}+\psi _{{2p_{z}}})
これら4つの混成軌道が表す方向性は正四面体の頂点方向と一致し、メタンの結合角109度とも合致する。

軌道混成理論によると、メタン中の価電子はエネルギー的に等しくなければならないが、メタンの光電子スペクトルは 12.7 eV(1つの電子対)と23 eV(3つの電子対)の2種のバンドを示す[3][4]。この明らかな矛盾は、sp3軌道が4つの水素原子の軌道と混合した時、さらにもう1つの軌道混合が起こると考えることで説明可能である。

1つのs軌道と2つのp軌道の重ね合わせにより3つの混成軌道が定式化され、sp2混成軌道関数と呼ばれる。次に炭素の場合の例を示す。混成に加わらない軌道(2pz)をz軸に取ると、

ψ
1
=
1
/
3
ψ
2
s
+
2
/
3
ψ
2
p
x
\psi _{1}={\sqrt {1/3}}\psi _{{2s}}+{\sqrt {2/3}}\psi _{{2p_{x}}}
ψ
2
=
1
/
3
ψ
2
s

1
/
6
ψ
2
p
x
+
1
/
2
ψ
2
p
y
\psi _{2}={\sqrt {1/3}}\psi _{{2s}}-{\sqrt {1/6}}\psi _{{2p_{x}}}+{\sqrt {1/2}}\psi _{{2p_{y}}}
ψ
3
=
1
/
3
ψ
2
s

1
/
6
ψ
2
p
x

1
/
2
ψ
2
p
y
\psi _{3}={\sqrt {1/3}}\psi _{{2s}}-{\sqrt {1/6}}\psi _{{2p_{x}}}-{\sqrt {1/2}}\psi _{{2p_{y}}}
これら3つの混成軌道が表す方向性はx-y平面上に対称軸120度を成して交差する軌道関数に相当し、エチレンの二重結合炭素の結合角とも合致する。

1つのs軌道と1つのp軌道の重ね合わせにより2つの混成軌道が定式化され、sp混成軌道関数と呼ばれる。次に炭素の場合の例を示す。混成に加わる軌道(2px)の対象軸をx軸に取ると、

ψ
1
=
1
2
ψ
2
s
+
1
2
ψ
2
p
x
\psi _{1}={\frac {1}{{\sqrt {2}}}}\psi _{{2s}}+{\frac {1}{{\sqrt {2}}}}\psi _{{2p_{x}}}
ψ
2
=
1
2
ψ
2
s

1
2
ψ
2
p
x
\psi _{2}={\frac {1}{{\sqrt {2}}}}\psi _{{2s}}-{\frac {1}{{\sqrt {2}}}}\psi _{{2p_{x}}}
となり、x軸上で直線的に対向する2つの軌道関数に相当し、アセチレンが直線状分子であることと合致する。

メタンの正四面体型形状で説明されているように、結合間の角度が混成軌道間の角度に(ほぼ)等しいため、軌道混成は分子形状を説明するのを助ける。

混成は、ポーリングによって最初に提唱された混成配置を用いて典型元素AX5についてや多くの遷移金属錯体についてしばしば提示される。

この表記法では、典型元素原子のd軌道はsおよびp軌道と同じ主量子数(n)を持つため、これらの後に置かれる。一方、遷移金属のd軌道は、sおよびp軌道の方がより大きなnを持つため、これらの前に置かれる。ゆえに、AX5分子では、P原子におけるsp3d混成は3s、3p、3d軌道を含むのに対して、Feでのdsp3は3d、4s、4p軌道を含む。

1990年、Magnussonは第二周期元素の超原子価化合物における結合でのd軌道混成の役割を決定的に排除した重要な論文を発表した。超原子価化合物におけるd軌道の関与は長い間、分子軌道理論を用いたこれらの原子の描写における論争および混乱の中心であった。混乱の一部は、これらの化合物を描写するために用いられる基底関数系にd関数を含めなければない点に起因している(さもなければ、不等に高いエネルギーと歪んだ構造が得られる)。また、分子の波動関数へのd関数の寄与は大きい。これらの事実はd軌道が結合に関与しているに違いないことを意味すると誤って解釈されていた[10]。分極関数としてのd関数は、あくまでも他の原子の作る電場により元々の原子軌道が歪む効果を現しているものであり、原子軌道で言うところのd軌道とはやや異なるものである。

同様に、p軌道は配位子と結合して18電子状態にある遷移金属中心によって利用されていると長年考えられてきた。しかしながら、最近の分子軌道計算によって、p軌道は遷移金属錯体中の混成軌道に対して有意に寄与していないことが明らかにされた[11][12]。

計算化学で示されているように、超原子価分子はフッ素や酸素といった電気陰性配位子と強く分極した(そして弱められた)結合を持つ時のみ安定である。これらの配位子は中心原子の原子価電子の占有状態を最大の8個[13](遷移金属では12個[5])に減らす。これは混成に加えてσ共鳴を含む説明を必要とする。これは、それぞれの共鳴構造が独自の混成配置を持つことを意味する。指針として、全ての共鳴構造は典型元素中心についてはオクテット (8) 則に、遷移金属中心についてはデュオデクテット (12) 則に従わなければならない。

理想的な混成軌道は有用であるが、現実にはほとんどの結合は中間的な性質の軌道を必要とする。これは、個々の種類 (s, p, d) の原子軌道の柔軟な重み付けを含む拡張を必要とし、分子形状が理想的な結合角からずれた時の結合形成の定量的な描写を可能とする。p性の量は整数値に制限されない。すなわち、sp2.5の様な混成も容易に記述できる。

結合軌道の混成はベント則によって決定される。

孤立電子対を持つ分子では、σ孤立電子対および結合性電子対は様々な度合いで混成し[14]分子の結合角を与える。例えば、水における酸素の2つの結合を形成する混成軌道はsp4と説明でき、104.5º の軌道間角を与える。これは、20%のs性と80%のp性を持つことを意味し、混成軌道が1つのs軌道と4つのp軌道から形成されたことを意味している訳ではない。

多重結合に類似したやり方で、孤立電子対はσおよびπ対称性に照らして区別される。例えば、水では2つの孤立電子対の1つはH-O-H骨格に垂直な電子密度を持つ純粋なp型軌道であるのに対して[14][15]、もう一方の孤立電子対はH-O-H結合と同一平面にあるs性の高い軌道である[14][15]。

三角錐形 (AX3E1)
例: NH3
折れ線形 (AX2E1–2)
面外のp軌道は孤立電子対あるいはπ結合
例: SO2, H2O
単配位 (AX1E1–3)
面外のp軌道は孤立電子対あるいはπ結合
例: CO, SO, HF

孤立電子対を持つ超原子価分子では、結合配置は「共鳴結合」要素と「正規結合」要素の2つの要素に分解できる。

有効なspxを作るためのsならびにp軌道の混成は、それらが同等な動径方向広がりを持つことを必要とする。2p軌道が2s軌道よりも平均して10%弱大きい(部分的には2p軌道が〔自明な原点の節を除いて〕動径節を持たないことに起因する)のに対して、1つの動径節を持つ3p軌道は3s軌道よりも20-33%大きい[16]。sならびにp軌道の広がりの差は周期表の下にいく程大きくなる。化学結合における原子の混成は局在化分子軌道を考えることによって解析できる(例えば自然結合軌道(NBO)スキームにおける自然局在化分子軌道を使う)。メタン(CH4)では、計算されたp/s比は約3であり、「理想的な」sp3混成と一致しているが、シラン(SiH4)ではp/s比は2に近い。同様の傾向がその他の2p元素についても見られる。水素のフッ素への置換はp/s比をさらに低下させる[17]。2p元素は直交する混成軌道を持つ理想に近い混成を示す。より重いPブロック元素では、この直交性の過程は正当化できない。理想的な混成からのこれらのずれはヴェルナー・クツェルニク(英語版)によって混成異常と命名された[18]。

Pブロック元素とは、第13 - 18族に属する元素である。全て典型元素。このブロックではP軌道に電子が満たされていく。PブロックのPは、英語の principal に由来する。

第2周期
ホウ素 (B) 、炭素 (C) 、窒素 (N) 、酸素 (O) 、フッ素 (F) 、ネオン (Ne)
第3周期
アルミニウム (Al) 、ケイ素 (Si) 、リン (P) 、硫黄 (S) 、塩素 (Cl) 、アルゴン (Ar)
第4周期
ガリウム (Ga) 、ゲルマニウム (Ge) 、ヒ素 (As) 、セレン (Se) 、臭素 (Br) 、クリプトン (Kr)
第5周期
インジウム (In) 、スズ (Sn) 、アンチモン (Sb) 、テルル (Te) 、ヨウ素 (I) 、キセノン (Xe)
第6周期
タリウム (Tl) 、鉛 (Pb) 、ビスマス (Bi) 、ポロニウム (Po) 、アスタチン (At) 、ラドン (Rn)

混成軌道の概念は多くの分子の紫外光電子スペクトルを誤って予測するという広く信じられている間違った考えが存在する。これは、クープマンズの定理が局在化軌道に適用されるとすれば真実であるが、量子力学は(この場合イオン化した)波動関数が分子の対称性(原子価結合理論における共鳴を意味する)に従うことを必要とする。例えば、メタンでは、イオン化状態 (CH4+) は、追い出された電子が4つのσ結合のそれぞれに起因すると考える4つの共鳴構造から構築することができる。構造の数を保存するこれらの4つの共鳴構造の線形結合から、三重に縮退したT2状態と1つのA1状態が導かれる[19]。それぞれのイオン化状態と基底状態との間のエネルギー差はイオン化エネルギーに相当し、実験と一致する2つの値が得られる。

混成理論は有機化学の不可欠な部分であり、一般的に分子軌道理論と共に説明される。反応機構を描くためには、2つの原子が2つの電子を共有している古典的な結合描写が必要なことがある[20]。メタンの結合角を分子軌道理論によって予測するのは直接的ではない。混成理論はアルケン[21]やメタン[22]における結合を説明する。

混成原子軌道から作られた結合性軌道は局在化分子軌道と考えられる。分子軌道理論では、適切な数学的変換(ユニタリ変換)によって非局在化軌道から結合性軌道を作ることができる。基底状態で閉殻構造にある分子では、行列式の性格からこの数学的変換は総体の多電子波動関数を変化させない(個々の軌道のエネルギーは変化するが分子全体のエネルギーは変化しない)。したがって、基底状態の総エネルギーと電子密度、総エネルギーの最低値と対応する分子構造を説明するための、基底状態を描写する混成軌道は、非局在化軌道による描写と「等価」である。

 

マグネシウム

周期表第2族元素の一種で、ヒトを含む動物や植物の代表的なミネラル(必須元素)であり、とりわけ植物の光合成に必要なクロロフィルで配位結合の中心として不可欠である。また、有機化学的にはグリニャール試薬の構成元素として重要である。

酸化マグネシウムおよびオキソ酸塩の成分としての酸化マグネシウムを、苦い味に由来して苦土(くど、bitter salts)とも呼称する。

酸化数はほぼ常に2価。比重1.74の柔らかい金属で、融点 650 ℃、沸点 1090-1110 ℃(異なる実験値あり)。結晶構造は六方最密充填構造 (HCP)。

酸素と結合しやすく強い還元作用を持つ。空気中で放置すると、表面が酸化され灰色を帯びる。また、二酸化炭素、水、亜硫酸とも反応するが、いずれも不動態皮膜となるためアルカリ金属やカルシウムと異なり腐食は進行せず、鉱油中で保存する必要はない。

空気中で加熱すると炎と強い光を発して燃焼する(燃焼熱は601.7 kJ/mol)。 さらに窒素や二酸化炭素中でも燃焼し、それぞれ窒化マグネシウム (Mg3N2)、酸化マグネシウム(生成熱は460.7 kJ/mol)となる。

CO
2
+
2
Mg

2
MgO
+
C
{\displaystyle {\ce {{CO2}+{2Mg}->{2MgO}+C}}}
熱水や塩水、薄い酸には容易に溶解し水素を発生する。このため、マグネシウム火災の消火には水は使えず[3][4]、ダライ粉などを用いる[5]。

2
H
2
O

+
Mg

Mg
(
OH
)
2

+
H
2

マグネシウムベリリウムは第2族元素だが、アルカリ土類金属ではない。これは第1族元素である水素がアルカリ金属ではないのと同様、化学的性質が異なるためである。ただし全く異なるわけではなく、第2族元素の代名詞として「アルカリ土類金属」の名が使われているため、広義にはアルカリ土類金属に含まれている。

アルカリ土類金属とはカルシウム・ストロンチウムバリウム(およびラジウム)に共通の化学的性質に由来するグループで、周期表に基づく族分類に先立って成立した。マグネシウムアルカリ土類金属とは違う性質を持つ。

化合物が炎色反応を示さない(アルカリ土類金属は特有の発色を持つ)。
単体(粉末状を除く)が常温の水と反応しない(アルカリ土類金属は激しく反応して水素を発生する)。
常温空気中で表面に酸化不動態を形成する(アルカリ土類金属は内部まで急速に酸化される)。
硫酸塩が易水溶性(アルカリ土類金属は難水溶性)。
水酸化物が難水溶性で弱塩基性を示す(アルカリ土類金属は易水溶性で強塩基性)。
水酸化カルシウムは比較的水に溶けにくいが、それでも水酸化マグネシウムよりは溶けやすい。

マグネシウムベリリウムと共通した化学的性質を持つが、違いもある。

陽性が強い。ベリリウム化合物は共有結合性のものが多いのに対し、マグネシウム化合物は幾分共有結合性を帯びるものの依然イオン結合性のものが多い。
塩基性が強い。ベリリウムは両性元素であるため酸にもアルカリにも溶けるが、マグネシウム塩基性が強いため酸には溶けるがアルカリには溶けない。

マグネシウムの結晶構造は室温では2つの面でしか滑りを起こさないため、純マグネシウムや合金を加熱せずに圧延などの加工をすると割れが発生しやすい。加工には加熱が必須となるが燃焼しないよう注意を払う必要がある。

マグネシウムは安定な酸化物を作るため、ラボアジエはマグネシア(酸化マグネシウム)を元素としてあげている。1755年、スコットランドのジョゼフ・ブラックは炭酸マグネシウムを熱分解し、酸化マグネシウム二酸化炭素に分離しているが、これをマグネシウムの発見とする事もある。

単離され金属元素であることが証明されたのは、1808年、ハンフリー・デービーによるマグネシアと酸化水銀の溶融電気分解による。マグネシア magnesia またはその語源である産地のギリシャ・マグニシア県にちなんで命名された。

商業生産は1886年、アルミニウムと同時期に開始されたものの、精錬(カルシウムと)が困難で普及が遅れた。第一次大戦を契機に軍事利用が伸び、1936年には軍事目的を陰に五輪の聖火リレーに利用され、1939年には32,850トン、1943年のアメリカで184,000トンが生産されている。日本では第二次大戦前から1994年まで宇部興産により生産されていた。マグネサイト等の鉱石資源は、中国、北朝鮮、ロシアの3国で6割以上を占めている[6]。

非常に軽い軽合金材料として重要であり、金属マグネシウムとして様々な合金の第一金属(合金の基本となる金属)や、添加剤に利用される。 また、反応性の高さから脱酸素剤や脱硫剤、さらに有機合成用試薬として欠かせない。 必須元素であり、食品や医薬品のほか、飼料、肥料として広く用いられる。

合金 - 優れた性質を持ち、需要が伸びている。安価になればプラスチックを代替する可能性もある。
工業的に使用されている最も軽い金属で用途は広く、航空機、自動車、農業機械、工具、精密機械、スポーツ用具、スピーカーの振動板、携帯用機器の筐体、医療機器、宇宙船、兵器などの多種にわたる。かつて問題だった腐食しやすい性質が改善されるにつれ、利用されるようになっていった。
合金添加剤 - 1998年頃には世界需要の半数近くを占めた[7]。アルミニウム合金などに添加元素として少量付加するだけであっても、その合金としての性質を大きく左右する働きを持つ。この性質から、これまでの合金の硬度、強度、耐食性、耐熱性、その他機械的性質を向上させるための研究が活発に行われている。
鋳鉄 - ダクタイル鋳鉄 (FCD) の黒鉛ノジュラー(球状)化剤。
鉄鋼脱硫剤 - 合金用途以外では最も消費量が多く、精錬用フェロアロイ(フェロマグネシウム)。
金属還元剤 - ジルコニウム、チタンの製錬。
防食 - 防食マグネとして、金属の犠牲電極効果や、酸化物が使用される。
カメラのフラッシュ - 酸化剤を混合した閃光粉が利用され「マグネシウムを焚く」と表現した。光量調節が難しく換算表に規定の使用量を天秤秤で毎回計量することを必要とし、発光時に大量の煙を発生させ、シャッターとの同調も手作業であるため、閃光電球やエレクトロニックフラッシュによって置き換えられた。
発火用具(ファイアスタータ)- 水に濡れていても発火できるため、軍事用、キャンプ用など。
スピーカーの振動板 - 単体は合金より内部損失が大きく、酸化防止の樹脂コーティングを施して使用される

耐火材 - 炉内耐火材(塩基性耐火煉瓦)として主に電気炉で用いる
吸着材 - 水酸化マグネシウムが多く、酸化、炭酸マグネシウムなども
ゴム、プラスチック配合剤 - 添加剤、充填剤
セラミックス - 原料、焼結助剤
ガラス - 酸化ガラス添加剤
電池 - 空気マグネシウム電池
排煙脱硫剤 - 安価で脱硫効率が高い、水酸化マグネシウム放流法
排水処理 - 石灰と同様、酸性排水の中和(カルシウムが混在したものが使われる)
水質改善 - アオコ対策、赤潮対策、底質改善
重金属処理 - アルカリ剤として不溶化処理、ヘドロなど泥土の固化

2017年1月27日、矢部博士のグループは、出力100Wから数kWのマグネシウム燃料電池を発表した。1ユニットは5.4kWhで、複数台連結して小型発電機並みの出力を実現した。また、燃料を交換することで、何度でも使用でき、まさに将来、リチウムイオン電池に取って代わる燃料電池自動車も射程内になってきた。[32]
2016年10月、本田技研工業と埼玉県産業技術総合センターが世界で初めてマグネシウムを使い、繰り返し充電できる2次電池の実用化にメドを付けたと発表[35]。寿命や安全性でリチウムイオン二次電池と遜色のない水準を維持できる基本データを得ており、2018年の製品化を目指す[35]。マグネシウムの調達コストはレアメタルで高価なリチウムの25分の1程度で済み、電池の容量も大きく小型化しやすい特徴を持つ[35]。

マグネシウムはハロゲン化アルキルと反応し、R-MgX(R は有機置換基、X はハロゲン)の一般式で表される有機金属化合物を作る。これはグリニャール試薬と呼ばれ、カルボニル化合物などと反応して炭素-炭素結合を生成する。このため有機合成分野において重要な試薬として用いられる。

そのほかにもたくさんの錯体・塩基性塩などの化合物を合成する。これらは主に化学実験において、合成試料や試薬として使われる。

肥料 - 水酸苦土肥料、硫酸苦土肥料など
にがり - 主に塩化マグネシウムが、豆腐製造の凝固剤(塩析剤)として
食品添加物 - 膨張剤(炭酸マグネシウム)、栄養強化剤、加工助剤など
医薬品 - クエン酸マグネシウムが大腸検査用下剤など

精製・加工していない食品に広く含まれ、ゴマやアーモンドなどの種実類、ひじきなどの海藻類に多く、加工食品に少ない。

燃焼にて二酸化炭素を発生しない事から、化石燃料に替わる次世代エネルギーとしての利用研究が進められている。

水素に比べて常温・常圧下で固体なので輸送・貯蔵がしやすいというメリットがある。水と反応させて燃えるときの熱を利用する他、同反応により発生する水素を燃料として利用する方法が挙げられる。燃焼後の酸化物のリサイクルのための還元処理が最大の課題であり、レーザーによる高温を利用する方法などが提案されている[8]。

但し、マグネシウムを燃料として使用する場合、燃焼させて熱エネルギーに変換した場合熱機関を利用する以上カルノー効率を超えることは出来ない。また、水と反応させて水素を取り出しその水素を燃焼させる場合や生成した水素を燃料電池で電気エネルギーに変換するという用途も同様に効率が低い。

マグネシウムの持つ化学エネルギーを効率良く電気エネルギーに変換する方法としては電池の陰極としてマグネシウムを使用する方法が効率が良い。但し、水溶液を電解質として使用する場合は反応性が高い為、マグネシウムが水と反応するので不適である。有機系の電解質の使用が望ましい。電解質に溶融塩を使用する選択肢もある。

マグネシウムは3つの安定同位体 24Mg、25Mg、26Mg を持つ。

マグネシウムは植物の光合成色素であるクロロフィルに含まれて、光を受け止める役割を担っている。このためマグネシウムが欠乏すると、植物は生育が減退し、収穫量の減量につながる。これは砂地で生育する植物に特に現れる。カリウムが豊富に含まれる土壌でも、植物へのマグネシウムの供給が行われにくくなることもわかっている。このため肥料として、マグネシウム化合物を含んだものが使用されることがある。

人間の生体内には約25gのマグネシウムが存在し[9]、その50-60%がリン酸塩として骨組織に[9]、残りは血漿赤血球、筋肉中の各組織に存在する。血清中のマグネシウムは、約75-85%がイオンや塩類の形態の透析型で、残りの15-25%はアルブミンなどと結合した蛋白結合型(非透析型)で存在し、その濃度は概ね1.8~2.3程度に維持されている[9]。

マグネシウムは人体にとっても、骨や歯の形成[9]、ならびにリボソームの構造維持やタンパク質の合成、その他エネルギー代謝に関する生体機能に必須な元素であるため、マグネシウムの欠乏は骨粗鬆症、虚血性心疾患、糖尿病などの原因のひとつと考えられている[9]。生体内でマグネシウムは主に骨の表面近くにマグネシウムイオンとして保存され、代謝が不足した場合にはカルシウムイオンと置き換わり、マグネシウムが体内に補充される。マグネシウムの生体内での栄養素や薬理的な働きについては広範にわたって研究が行われているが、いまだその重要な面に関しては不明な点が多い。最近では、ミネラル成分のひとつとしてサプリメントや清涼飲料水などに添加されることが多くなってきている[要出典]。

マグネシウムは動植物に対して毒性の強い元素でないため、植物肥料として過剰使用を特に警戒する必要はないが、動物が直接食物から摂取する場合には、他の無機物(リンやカルシウム)とのバランスを適切にしなければ、尿路結石などの原因になりうることがわかっている。これを受けて、猫用の飼料は、組成中のマグネシウムを減らすように改良されるようになった。

小ガス炎着火試験
目的

消防法に定められる危険物第2類試験方法の「小ガス炎着火試験」により、固体の物品の火炎による着火性を判断します。

装置

無機質断熱板
簡易着火器具
ストップウォッチ
装置概要

小ガス炎着火試験装置の概要図

測定方法

上図のように、10秒間試料に炎を接触させます。
試料が着火するまでの時間を測定し、燃焼を継続(※)するか否かを観察します。
燃焼を継続しない場合には、この操作を10回繰り返します。
※点火してから炎を離した後、10秒経過するまでの間に試料の全てが燃焼し尽くした場合、及び炎を離した後10秒以上継続して燃焼した場合、燃焼を継続したものとします。

測定フロー

小ガス炎着火試験の測定フロー図

判定方法

この試験のうち、一度でも着火し、かつ炎を離した後も有炎燃焼、または無煙燃焼を続けた試料のうち、3秒以内に着火したものを易着火性(第1種可燃性固体)、3秒を超え10秒以内に着火したものを着火性(第2種可燃性固体)とし、これらを危険物とします。
不着火の場合、または燃焼を継続しなかった場合は、危険性なしとします。

着火状態 評価 分類
3秒以内で着火 易着火性 第1種可燃性個体
10秒以内で着火 着火性 第2種可燃性個体
10秒を超えて着火、または燃焼を継続しない 着火性無し 可燃性なし

2014.5.27 08:10
 東京都町田市の金属加工会社「シバタテクラム」の工場火災で、同社が消防当局の指導を無視してマグネシウムの取り扱いを届け出ていなかったことが26日、消防関係者への取材で分かった。その結果、東京消防庁の消防隊は出火直後、工場内のマグネシウムを認識できないまま放水し、爆発的に炎上していたことも判明。同社は市側の指導に従っていなかったことも明らかになっており、度重なる指導無視が被害を拡大させた疑いが強まっている。

 この火災で重体となっていた工場長の千田正記さん(42)=横浜市港北区鳥山町=が同日、全身やけどで死亡。ほかに従業員の男性1人が重体、男女6人が重軽傷を負っている。警視庁は業務上過失致死傷の疑いもあるとみて出火原因を調べている。

 消防関係者によると、今月13日の火災発生時、工場内には少なくともマグネシウム80キロとアルミニウム20キロなどが保管されていたとみられるが、地元の町田消防署への届け出はなかったという。金属材料は、携帯電話やパソコンなどの部品製造に使われていた。

 町田消防署は工場内にマグネシウムなどの危険物があるとの認識がなく、工場前で炎上中の車両に放水したため爆発的に燃え広がった。工場関係者から「マグネシウムを扱っている」との説明を受け、すぐに放水を中止したという。

 結果的に工場1~2階約1300平方メートルが焼け、鎮火までには約38時間かかった。消防関係者は「工場本体には直接放水していないが、飛散した水がマグネシウムにかかった可能性はある。マグネシウム保管の届け出があれば初動対応が違った」と指摘する。

 同社は平成15~16年、同市内の別の場所で操業していた工場で3件のぼやを起こした。いずれもマグネシウムへの引火が原因とみられる。町田消防署は現在の場所に工場を移転後の24年5月に立ち入り検査し、マグネシウムなどの危険物を少量でも保管する場合は届け出るよう指導していた。

r過程

重粒子線がん治療(じゅうりゅうしせんがんちりょう、英語: heavy particle therapy, charged particle radiotherapy, heavy ion therapy, など)とは、線量局在性の高い治療が可能という性質を持つことから、炭素イオン線でがん病巣をピンポイントで狙いうちし、がん病巣にダメージを十分与えながら、正常細胞の有害事象を最小限に抑えることが可能とされる最先端の放射線療法のうちの一つ。

がん治療の三本柱のうち、外科手術および化学療法と比較して、X線を用いた放射線療法では「機能と形態の温存」や「治療にあたって身体的負担が少ない」という性質が長所として挙げられる。重粒子線治療では、表面線量が比較的高いエックス線、ガンマ線に比べ、陽子線と同様に体の表面での吸収線量を低く抑えられ、腫瘍組織において吸収線量がピークになる特性を有している(模式図参照)。こうした特長を活かし、照射回数と有害事象をさらに少なく、治療期間をより短くすることが可能とされていた[1]。2016年1月に東芝が世界初となる超伝導磁石を使用した軽量・小型の重粒子線回転ガントリー装置を開発した[2][3]。 重粒子線の治療施設は世界に9箇所あり、その中で日本国内に5箇所あり、重粒子線や陽子線を照射するがん治療装置は東芝日立製作所三菱電機住友重機械工業などが手がけ、この分野では国内メーカーが主導的な役割を担う[4]。重粒子線そのものは陽子線と同様シンクロトロンを用いて発生させる。

X線では前後の正常組織も被曝し、障害を受けるが、粒子線(陽子線・重粒子線)治療では腫瘍のみに照射し、前後の正常組織にあまり影響を与えない。

放射線医学総合研究所では、1994年6月より臨床試験を実施し、良好な治療効果が得られている。治療の対象となる代表的な疾患と共通の適応条件を次に挙げる[5]。

X線による放射線治療では根治的治療となりにくい骨軟部腫瘍に対して、重粒子線治療は治療効果が高いと見積もられている。そのことから、手術適応がないか患者が手術を拒否した場合の骨軟部腫瘍の重粒子線治療が2016年の診療報酬改訂で公的医療保険の対象となった。

頭頸部腫瘍
中枢神経腫瘍
頭蓋底・傍頸髄腫瘍
頭頸部癌
頭頸部粘膜悪性黒色腫
非小細胞肺癌
転移性肺腫瘍
肝細胞癌
前立腺
子宮癌
膵癌
骨軟部腫瘍(肉腫)
直腸癌術後再発
脈絡膜悪性黒色腫
食道癌
涙腺癌
大腸癌肝転移

対象部位に対する放射線治療の既往がない
病理診断がついている
測定可能病変を有する
原則として腫瘍の最大径が15cmをこえない
広範な転移がない
パフォーマンスステータスが0-2(カルノフスキー指数60以上)

重粒子線治療はがんのある部位に狙いを定めて、ごく限られた範囲に照射するため、従来のX線などを用いた放射線治療に比べて、理論上、有害事象を低減することが可能である[6]。

重粒子線治療の黎明期には、最適な総線量や線量分割を模索する過程で、強い皮膚障害や手術が必要となる潰瘍や穿孔(せんこう)が認められたが、近年では重度の有害事象を起こさないように、線量を減じたり、照射法を工夫することにより、過去のような症状の重い有害事象はほとんど認められなくなっている[5]。

粒子線とは、光子を除く放射線のなかでも電子より重いものをいい、π-中間子、陽子線、重粒子線などが含まれる。このうち重粒子線は、ヘリウム原子より重いものと定義されている[7]。

X線γ線)、電子線、中性子線を用いる場合は、表面付近の吸収線量が最も大きく、深さとともに減衰するのに対し、陽子線や重粒子線では、表面付近の吸収線量が小さく、粒子の飛程の終端で最も付与する線量が大きくなるという特徴があり、この線量のピークをブラッグピーク(Bragg peak)という[6]。陽子線ではブラッグピーク以深にはほとんど線量を与えないが、重荷電粒子の場合には、核破砕現象によりブラッグピーク以深にも線量寄与が存在し、これをフラグメンテーションテール(Fragmentation Tail)という。なお、核破砕に伴って放射性同位体が生成され、PET(Positron Emission Tomography)検査で観察することができる。また、陽子線と比較して、質量の大きい重粒子線は、物質内での散乱が小さく、腫瘍組織とその周辺の正常組織に対する線量のコントラストを高めることによる物理学的効果に加え、同じ物理線量の陽子線やその他の放射線と比べると、重粒子線の線エネルギー付与(linear energy transfer: LET)が高く、生物学的効果比(relative biological effectiveness: RBE)(細胞に対する影響)が大きいという特徴がある[8]。この特徴から、脊索腫や直腸癌の局所再発などの通常のX線照射で制御が困難な腫瘍に対しての効果が期待されている。

上記の優れた特性から、メスを入れずに、腫瘍組織に選択的に線量を投与できる一方で、近接する正常組織への被曝を抑えることが可能であり、機能・形態の温存や、有害事象の低減が期待される。治療のための照射回数を減らす(寡分割照射)ことができ、早期社会復帰が可能となる、といったクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)の面からの長所がある[9]。

治療用重粒子線は加速器を用い、重粒子を最大で光のおよそ70%のスピードに加速して体の外から照射し[10]、2、3分で終了する[11]。重粒子線が照射されている間に、痛みや熱感などを感じることはない[12]。照射回数は、それぞれのプロトコールによってきめられている[11]。

従来の重粒子線がん治療装置では固定照射装置が標準だったが、患者の負担を軽減し、最適な方向から腫瘍に重粒子線を照射するために360°任意の方向から照射できる装置が必要で回転ガントリーに搭載可能な超伝導電磁石が開発され、これにより普及可能なサイズ(直径11m、長さ13m)の陽子線ガントリーが実現して、3次元スキャニング照射装置とX線呼吸同期装置を搭載することによって、腫瘍周辺の動きを直接観察し、腫瘍に対する正確な照射ができるようになった[2]。

ブラッグピークの幅は極めて狭く、腫瘍の厚みに応じて、深さ方向にブラッグピークを拡大する必要があり、拡大フィルタなどを用いて拡大したピークを、拡大ブラッグピーク(Spread Out Bragg Peak: SOBP)という。さらに、ボーラスを用いて、線量投与する深さを調整する。また、ビームを横方向にも拡大する必要があり、二重散乱体法、ワブラー法などが用いられる。スポットビームで腫瘍を三次元的に走査する照射法もあり、これを用いると正確に腫瘍の形に合わせて照射することができ、さらなる有害事象低減のための技術として期待されている。

放射線医学総合研究所が治療開始した1994年から、2010年7月までの統計で見た登録患者数は5497名となっており、これは世界一となっている[13]。

独立行政法人放射線医学総合研究所では、巨額の国費を投入してHIMACと呼ばれる専用装置を世界で初めて開発し、臨床試験を1994年6月から行っている。2003年11月からは先進医療として運用されているが、治療を希望する患者に対する受入れ能力の制限や、高額な患者負担などが本格的な普及に向けての大きなハードルとなっている。また施設側も高額な設備の維持費が負担となっている[14]。

日本放射線腫瘍学会の調査では、前立腺がんなどにおいてエックス線による治療と比較し、優位性が確認できなかったという報告が示された[14]。理由としては、治療計画に統一性がなく施設ごとに異なっていることや症状や年齢の違いにより、統計学的に有意なデータが得られなかったためとされる[14]。

炭素イオン線(たんそイオンせん、英語:carbon ion beam[1])は重粒子線の一種で、炭素原子を加速器で高速に加速したものである。

放射線医学総合研究所兵庫県立粒子線医療センターは炭素イオン線と陽子線を用いてがん治療をしている。放射線医学総合研究所重粒子線医科学センター病院ではHIMACを使っている。[2]。

炭素イオン線はDNAに致命的な損傷を与え細胞分裂を抑えるため、がん治療に用いられている。エックス線を当ててもDNAの障害が一部回復してしまうのに対し、炭素イオン線はDNAに致命的なダメージを与えるため回復しにくい。

また、細胞が増えるとき、DNA合成期になると、エックス線が効きにくいのに対し、炭素イオン線は効果が高い。

さらに、ブドウ糖を多く摂取し酸素不足になったがん細胞にはエックス線やガンマ線が効きにくいのに対して、炭素イオン線は直接作用が大きいため、二倍の効果を発揮できる。そして、正常組織に対する影響が少ないというのも特徴である。

しかし、すべてのがんがとりつくせるわけではない。また、高額な治療費がかかると言われている。

重イオンとは、相対的に重い原子のイオンのことを指す。大体炭素以上の重たい原子のイオンのことを指すが、リチウム以上の物をさすこともある。加速器の分野で使われる用語で、重イオン加速器で加速してビームとし重粒子線として扱う。

応用分野としては、炭素イオン線などを患部に照射する重粒子線がん治療や、重粒子線を標的に照射して得られた不安定核を二次ビームとしてあつかうRIビーム等がある。

RIビーム(あーるあいびーむ)とは、不安定な放射性同位体である不安定核のビーム。不安定核は、粒子加速器で加速した重イオン粒子を標的原子核にぶつけて壊す核破砕反応によって作り、これを選別して使う。

核破砕反応によって生成した放射性同位体の破砕片はいろいろな方向にばらばらの速度で飛んでいくが、 その中からある特定の種類で特定の方向・運動量・速度を持つ破砕片を選び取り出すことによって純度の高いRIビームを得る。 ちなみにビームとは方向と速さのそろった粒子の流れだと思えばよい。

放射性同位体はその多くが非常に短寿命でありその性質を測定するのは困難である。しかし、ビームの状態で扱うことによって、特殊相対論的効果により実験室系からみた寿命が延びる。極端に短寿命な核の性質を調べるためにはRIビームの技術は不可欠である。

RIビームの生成法には、重イオン線をベリリウムのようなターゲットに照射し、核破砕や飛行核分裂を起こしほぼ入射時と同じ速度で出てきたビームを使うインフライト型不安定核分離装置と、分厚いターゲットに陽子線や重イオン線を照射して止め、核破砕等を起こしたターゲットのほぼ静止した不安定核をイオン化して使うオンライン同位体分離装置がある。

前者は高エネルギーの幅広い不安定核を化学的性質によらず得ることができ、ビーム生成が速いことが利点である。後者はエネルギー分解能、角度分解能のの高い、高純度で高強度で低エネルギーのビームを生成可能であることが利点である。

前者の装置の例としては、ローレンス・バークレー国立研究所のBEVALAC(廃止済), GANIL(英語版)のLISE ミシガン州立大学(MSU)のA1200,重イオン研究所(GSI)のFSI,理化学研究所のRIビームファクトリーのRIPSおよびBigRIPSがあり、MSUではFRIB(英語版),GSIではFAIR(英語版)等の建設が進んでいる。

後者の装置の例としては欧州原子核研究機構のISOLDE(英語版)や、GANILのSPIRAL, TRIUMF(英語版)のISAC-I,IIがある。

RIビームの利用にあたってはその純度を保証することが必要である。運動量の選別は磁場中でのローレンツ力による曲がり方が運動量によって決まることを利用する。核破砕反応の入射ビームは加速器の構造上間欠的なパルスとなって入射するので、破砕片の進路にタイミングよく開閉するスリットを設けることによって速度を選別することができる。このような工夫によってRIビームの純度を10%程度まで上げることが可能であるがビームの強度は入射粒子の数千分の一以下となる。したがって、このような目的で用いる入射ビームには何よりも大強度であることが要求される。

RIビームを用いた実験としては、固定された水素或いはヘリウムなどの軽元素の原子核に対してRIビームを入射、衝突させるインバースカイネマティクスの実験や、ストレージリングに蓄えて電子ビームと干渉させる実験などが考えられる。

これらの実験によって得られる知見は、単に特定の放射性同位体の性質を知るということにとどまらない。宇宙の元素合成過程では不安定原子核を経由する反応であるr過程等が重要であったと考えられるので、現在の宇宙のありようを説明するためにはこのような実験を行うことが不可欠なのである。

r過程(アールかてい, r-process)は恒星核が重力崩壊する超新星爆発時に起きると考えられている元素合成(超新星元素合成)における、中性子を多くもつ鉄より重い元素のほぼ半分を合成する過程のこと。これは迅速かつ連続的に中性子をニッケル56のような核種に取り込むことによって起きる。そのためこの過程はr (Rapid) 過程と呼ばれる。重元素を合成するほかの過程にはs過程があり、これは漸近巨星分枝星 (赤色巨星への進化段階) でゆっくり (Slow) した中性子捕獲によって元素合成を行う。この2つの過程が鉄より重い元素の元素合成過程の大半を占める。r過程はs過程に比べ未解明の部分が多い。

殻模型(かくもけい)またはシェルモデル (shell model) とは核構造を記述するモデルのひとつである。原子における電子殻と同様な構造を原子核における核子(陽子、中性子)についても考えるものである。原子核の周りの電子の場合と同様に、原子核でも「殻」という概念を通して性質を理解することができる。

この殻模型の成功を機に、核構造物理学という新しい分野を開くことになった。

多体系のハミルトニアンをある模型空間の中で厳密に対角化し、基底状態及び励起状態を求める方法である。すなわち、2体の相互作用の行列要素をどのように求めるか、また数億 - 数十億次元の行列をどのように対角化するかが、このモデルの中心課題である。

核力を出発点としてブリュックナー理論等により有効相互作用を求め、これまでに知られている実験値を再現するようにいくつかの行列要素を改良し、シェルモデル用の相互作用を作る。その上で、ランチョス法等を用いて超大次元のハミルトニアンを対角化する。

ハミルトニアンの次元が大きくなるため、この方法では現在のところ質量数40くらいまでしか計算できない。しかし、平均場近似では無視した多体相関が入っているため、新しい実験値等をよく説明することができる。

重力崩壊型超新星爆発の直後、非常に高密度の中性子束(1022個/cm2⋅s)が発生し、かつ高温となり、中性子捕獲は非常に不安定な核がベータ崩壊する間もなく行われ、r過程は中性子ドリップラインに沿って駈け上がることになる。このように中性子ドリップラインを上がることを阻害する制約は中性子閉核した原子核に対する中性子捕獲の反応断面積の著しい減少、原子核光分解(en:photodisintegration([γ,n]))の反応率との競合、そして、核が急激に不安定化し、自発核分裂を起こし、r過程を終了させてしまう程の重同位体領域での核の安定性である(大体それは核図表の核子の数が270程度の中性子に富んだ領域と考えられている)。中性子束が落ち着いた後、これら非常に不安定な中性子過剰核である放射性原子核は安定核に落ち着くために急速に崩壊する。そのため、s過程では中性子閉殻(魔法数)付近に元素を作るのに対し、r過程では、原子は核図表の一定の原子量線に沿ってベータ崩壊するため、s過程で作られるものの山に比べ、10原子量ほど小さいあたりに作る。

s過程(エスかてい、s-Process = slow-Process)は、漸近巨星分枝星内で、恒星の寿命スケールの時間で起きる元素合成過程。中性子捕獲で起きる。中性子捕獲の後、次の中性子捕獲をするまでにベータ崩壊する期間が十分あり、核図表のベータ安定線に沿って安定同位体を推移しながら核子が増えていく。鉄より重い重元素の元素合成過程の半分を占め、元素合成で重要な役割を占める。高速な中性子捕獲過程であるr過程との違いは、その時間スケールである。

s過程は、漸近巨星分枝星で行われるといわれている。r過程が数秒間の爆発的な過程であるのに対し、s過程は千年単位の時間をかけて行われる過程であると考えられている。s過程が核図表の質量数の高い部分へ行く度合は、その星がどれだけ中性子を生成できるかと、鉄の初期分布量による。鉄は中性子捕獲とベータ崩壊による元素合成の出発物質(種)となる。主な中性子の供給源は

13 6
C

+
4 2
He

16 8
O

+
n
{\displaystyle {\ce {^{13}_{6}C\ +_{2}^{4}He->{}_{8}^{16}O\ +{\mathit {n}}}}}
12 6
C

+
12 6
C

23 12
Mg

+
n
{\displaystyle {\ce {^{12}_{6}C\ +_{6}^{12}C->{}_{12}^{23}Mg\ +{\mathit {n}}}}}

Ag から Sbまでのs過程。
となる。主なs過程と、弱いs過程の部分を区別する。主なs過程は、ストロンチウムイットリウムを超えて、鉛まで行く、低金属量の星で行われる過程であり、低質量の漸近巨星分枝星で起きると考えられている[7]。一方、鉄からストロンチウムイットリウムへ行く弱いS過程は、ヘリウムや炭素を燃焼させる大質量の星の最後で行われ、最後に超新星で星間物質としてばらまく。

s過程の起きると考えられている中性子束の密度は低く、(
10
5
10^{5}〜
10
10
10^{{10}}/
c
m
2
{\displaystyle cm^{2}}・s)ウランやトリウムのような放射性元素は生成することはできない。この過程を止める反応は、ビスマス209が中性子を受取り、ビスマス210となり、ベータ崩壊してポロニウム210となり、アルファ崩壊して鉛206となり、

209 83
Bi

+
n

210 83
Bi

+
γ
{\displaystyle {\ce {{}_{83}^{209}Bi\ +{\mathit {n}}->{}_{83}^{210}Bi\ +\gamma }}}
210 83
Bi

210 84
Po

+
e

+
ν
¯
e
{\displaystyle {\ce {{}_{83}^{210}Bi->{}_{84}^{210}Po\ +{\mathit {e}}^{-}+{\bar {\nu }}_{\mathit {e}}}}}
210 84
Po

206 82
Pb

+
4 2
He
{\displaystyle {\ce {{}_{84}^{210}Po->{}_{82}^{206}Pb\ +_{2}^{4}He}}}
その鉛206が3つの中性子を受け取ることで、またビスマス209になるという循環になる。

206 82
Pb
+
3
n

209 82
Pb
{\displaystyle {\ce {{}_{82}^{206}{Pb}+3{\mathit {n}}->{}_{82}^{209}{Pb}}}}
209 82
Pb

209 83
Bi
+
e

+
ν
¯
e
{\displaystyle {\ce {{}_{82}^{209}{Pb}->{}_{83}^{209}{Bi}+{\mathit {e}}^{-}+{\bar {\nu }}_{\mathit {e}}}}}
結局、この反応を最初から最後まで見ると、

4
n

4 2
He
+
2
e

+
2
ν
¯
e
+
γ
{\displaystyle {\ce {4{\mathit {n}}->{}_{2}^{4}{He}+2{\mathit {e}}^{-}+2{\bar {\nu }}_{\mathit {e}}+\gamma }}}
となる。この過程は、結局のところ最大の安定元素ビスマスで止まることになる(ビスマスは実のところ現在の宇宙の年齢の数十億倍の半減期で崩壊する"不安定"元素であるが、その長大な半減期ゆえに実質的には安定元素と見なしてよい)。