கறி ဟင်း ターメリック小麦粉のルウでカレーにとろみを出す。現代のフランス人は辛さが苦手。

カレー(英: curry, タミル語: கறி kaṟi)は、多種類の香辛料を併用して食材を味付けするというインド料理の特徴的な調理法を用いた料理に対する英語名。転じて、それを元にしたヨーロッパ系の料理や、同様に多種の香辛料を併用して味付けされる東南アジアなど[1]の料理も指す。

日本では明治時代に当時インド亜大陸[2]の殆どを統治していたイギリスから、イギリス料理として伝わった。それを元に改良されたカレーライス(ライスカレーとも)は洋食として普及している。

インド系、東南アジア系、洋食系の何れも現在では国際的に人気のある料理のひとつとなり、ヨーロッパや北米、中南米、アフリカ、オセアニアなど、世界中でカレー文化が根付いていることが確認されている[誰によって?]。

インド料理は香辛料を多用するため、外国人の多くはインド料理の煮込み料理を「カレー」と認識している。しかし外国人がカレーと呼ぶインドの煮込み料理は、サーグ、サンバール、コルマ、ダールなど、それぞれに固有の名称があり、「カレー」という料理はない。ただし、インドの観光客向けのレストランやインド国外のインド料理店では便宜上、メニューに「○○カレー」という表記をしていることも多い。これは、旧宗主国のイギリス人がインド料理をカレーと総称して世界に伝えたことがおもな理由である。

インド固有の言語には「カレー」という言葉はない。ただしドラヴィダ語族には野菜・肉・食事・おかずなどを意味する「カリ」タミル語:கறி、kari)という言葉があり、それが英語で「curry」と表記されるようになったと言われている。

タイにはタイ語でゲーン(แกง)と呼ばれるスープ状の食品がある。タイの宮廷で発祥した料理で、インドのカレー料理との直接の関連性はない。しかしながら、複数の香辛料を用いるというカレーとの類似性から、タイカレー(英:Thai curry)と呼ばれる。

水分が多く香辛料を使用したタイ料理である。生の香辛料を使用する事が多く、唐辛子、ニンニク、エシャロット、ハーブ類(ショウガ類、レモングラス、コブミカンの葉、コリアンダーなど)をすりつぶして作った「ゲーン・クルーン」を炒め、海老や鶏肉、野菜などを水やココナッツミルクで煮込みナンプラー(魚醤)で味をつけた香り高い料理である。使用するゲーン・クルーンの素材や煮込む素材によって辛さや色、香り、味が異なる。代表的なものにレッドカレーグリーンカレーイエローカレーがある。炊いた香り米にかけて食べるが、ロティと共に食べる事もある。英語で「Yellow curry」と呼ばれるゲーンは「ゲーン・ガリー(แกงกะหรี่)」という。

上記の通り、インドのカレーと直接の関係は無いものの、現在ではカレー粉を用いたゲーンのレシピも存在する。この場合のカレー粉は、ポン・カリーと呼ばれ、プー・パッ・ポン・カリー(ปูผัดผงกะหรี่、カニのカレー粉炒め)などに用いられる。

また、タイでカレーと呼ばれているのは日本から入ってきた日本風のカレーライスである。現地では一般的な食べ物になっており、日本人観光客がタイの食堂でタイカレーを注文するつもりで「カレー」を注文し、トラブルになった例もあるという。

ビルマ料理で一般的な副菜として食べられる、油を多用した煮込み料理「ヒン」(ဟင်း)のことを、日本では「ビルマカレー」「ミャンマーカレー」等と呼ぶことがある。ビルマ料理#ヒンを参照。

ベトナム料理のカレーはベトナム語でカリー(Cà ri)、印度カリー(Ấn Độ cà ri)と呼ばれ、カレー粉、トゥオン・カリー(tương cà ri)というカレーペースト、唐辛子、レモングラス、ココナッツミルク、トマトピューレで食材を煮込んで作り、麺、米飯あるいはフランスパンと一緒に食べる。ミャンマーのヒンと同じく油分が多く、タイのゲーンと同じく塩味は魚醤(ヌクマム)でつける。ジャガイモあるいはサツマイモ、タマネギ、ニンジンが入る点は日本のカレーと似ている。ナスや豆腐などを使った精進カレー(カリー・チャイ、cà ri chay)や鶏肉のカリー・ガー(cà ri gà)、カエルを使ったエクナウ・カリー(Ếch nau cà ri)がある。

イギリス人の船乗りは航海中にシチューを食したかったが、当時は牛乳が長持ちしないとの理由で諦めるしかなかった[3][4][5]。これが発端となり、牛乳のかわりに日持ちのするカレーの香辛料を使って、シチューと同様の食材で作った料理をイギリス人の船乗りが考案しており、これがイギリス的なカレーの由来のひとつとされる[3][4][5]。正確な伝来年がいつかは判然としないが、1747年にイギリスで発行された『明快簡易料理法』なる料理書には、ターメリック・生姜・胡椒を用いた「カレーのインド式調理法」が掲載されており、これが2017年現在で最古の英語によるカレーを扱った文献である[6]。

1772年、インド総督のウォーレン・ヘースティングズによって、イギリスに植民地インドの「カレー」料理が紹介され、評判となった。この時紹介されたのは、インディカ米にターメリックで着色した野菜と肉のスープをかけた料理「マリガトーニスープ」である[7]。しかしイギリス人がインド人のように、多種多様な香辛料を使いこなすことは至難の業だった。そこでイギリスのC&B社は、スパイスをあらかじめ調合したものを「カレー粉」として商品化し、「C&Bカレーパウダー」という名称で売り出した。これによりカレーは英国の家庭料理として普及した。1810年にオックスフォード英語辞典に「カレーパウダー」の語が登場している。なお、ソースを重んじるフランス料理の影響から、小麦粉のルウでカレーにとろみを出す料理法が編み出されたといわれる。

インドのカレーは野菜や豆など様々な食材を具にするが、イギリスのカレーの中には具として牛肉のみのケースがあった。これはイギリスの中流以上の家庭で、日曜日に大きなローストビーフを焼く習慣(サンデーロースト)があったためである。その残り肉を一週間かけて食べるのであるが、残り肉の調理法のひとつとしてカリー・ライスがあった。サンデーローストの習慣が失われた現在では、家庭料理としてのカレーはほぼ廃れた状態である。しかし今でもパブや学生食堂のメニュー、冷凍食品として、一定のニーズがある。

第二次世界大戦後、旧植民地の南アジア地域のインドとパキスタンが独立し、そこから移民を大量に受け入れることになったイギリスには、南アジア系移民の共同体とインド料理店が多数生まれた。ここで生まれたチキンティッカマサラは、インド料理の チキンティッカをカレーソースで煮込んだもので、ローストビーフの残り肉を煮込んだイギリス式のカレーを、インド料理が逆に取り入れたものであり、いまではイギリスで人気である。バルチもイギリス発祥のカレー料理である。こうした環境が、イギリスで家庭料理としてのカレーが廃れた理由のひとつといえる。

イギリスには、バーミンガムのインド料理レストラン発祥のファル(またはファール)と呼ばれるカレーがあり、ハバネロやスコッチ・ボネットをベースに作られ、国内では超激辛カレーとして知られている。

植民地インドの料理法に、フランス料理特有のソースを導入したイギリスの手法は本家フランスにもわたり、カレーライスやドライカレーに似た「リ・ゾ・カリー(riz au cari[7]、もしくはリ・ゾ・キュリ riz au curry[8])」という料理が生み出された。また19世紀のパリにおいては、インド皇帝も兼ねたイギリス王にちなみ、エドワード7世風と呼ばれるカレー風味の料理が多く登場した[9]。

さらに、19世紀の薬剤師ゴスは「カリ・ゴス」(kari gosse)と名づけられた混合調味料を開発、フランス各地のレストランに提供した。全盛期の1930年代にはベルギーやモロッコにも輸出されたが、第二次世界大戦中に工場のあるブルターニュは焦土と化し、今はごく小規模な工場から薬局を通じ、各レストランに送られるのみである[10]。現代のフランス人は辛さが苦手で、フランス風の「キュリ」は辛さよりスパイスの風味を活かしたものが多いと云われるが[11]、南仏ではこの「カリ・ゴス」が地元の味として今も活用されている。