宇宙際タイヒミュラー理論のルベーグ積分

宇宙際タイヒミュラー理論の「裏→」を取っていくと、ずっとこれを取っていくと、最終的に「全部同じ」になる。これは連続体まではいかないが、加算次元と連続体次元の「真ん中」にあたるものとなる。ずっと裏をとっていくと、「〜とはかぎらない」「〜とはかぎらない」が繰り返される。これは「加算かつ連続」なものとなる。「濃度はいくらでもえらべる」意味はルベーグ積分デルタ関数で、角の三等分線は描けないが、関数的な三本のデルタ関数ルベーグ積分可能という意味である。これはカルノーサイクルではない。時間の関数でもない。アイゼンシュタイニオドといえるものである。これをもちいることである程度フェルマー素数の評価はできるかもしれない。お脚三といえる。動物を他惑星へ一匹逃す、という行為をして、二匹、三匹と、最後は自分が馴染むように入り、地球にバズーカ砲を放つ、という具合である。本来の目的は自分が移り住むことであった。そしたら苦しんでいる動物のために使える、とおもい、『動物のために作れる』とおもい、わりとあっさりと決意柔らに居酒屋にでもいくようなかんじで、ちょっと小さくなって、「自分も動物」気取りですっぽり入る、みたいなかんじである。遊びの亀であったものを、『一匹だったらいい、一匹やってみてまちがいない』と実験台につかったものが、見ていると、『意外とグイグイくる。』おいおい。つぎはなにするんだよ。…心配になってきた。泣ける。みたいな。意外と亀に同乗しているのである。これはどのアイゼンシュタイニオド系からのどの座標からでも「最終的に全部同じ」までいけるということである。ゼータの一般化ともいえる。絵文字の多さコテを選べる。私は絵文字をもちいないが、最終的にどの距離にピントがあうかということは本人がきめられる。幾何の量とでもゆうべきか、最終的に距離の問題である。それが『加算かつ連続』なのである。つまり吹奏楽の演奏でオーケストラが下を向いて演奏してさいごヂャガヂャッチャッチャ‼︎で下を向いていた顔を↓↑このようにあげるようにである。すべての強打の曲にアンサーフレーズを加えるかのようである。「夢をかなえてドラえもん」→「ディスらない」みたいに。「のび太くん、わからなかったのかな?ディスらないっていったよな‼︎」「神様…」「あるこう♫あるこう♫私は忍者」→「あるかないほうがいいんじゃないか?」「お脚三?」『タイトルがきまると』→『笑わす』というのは自然な流れであろうか。少し力んで小さくなっていないか。それとも人から伝わってくるのか。意外と『普通の話』若しくは『癒し系のはなし』をしているつもりである。