芸術や文学において題材として取り上げられることもある。「(帯を)いくつかの三角形に分割して各三角形に向きをつけたとき、全体が同調するようにはできない」という形で厳密に定義した。連結・コンパクトで向き付け不可能な種数1・境界成分数1の2次元多様体(曲面)。1回に限らず奇数回の半ひねりを入れた帯はすべて同相である(ただしひねりの回数が異なれば3次元空間での連続的な変形だけで移りあうことは無い)。1回に限らず奇数回の半ひねりを入れた帯はすべて同相である(ただしひねりの回数が異なれば3次元空間での連続的な変形だけ

メビウスの輪

クラインの壷

右手系

左手系

不思議な反捻り

スピン

DNA

アミノ酸

不思議な方向づけ

メビウスの帯メビウスのおび、Möbius strip, Möbius band)、またはメビウスの輪メビウスのわ、Möbius loop)は、帯状の長方形の片方の端を180°ひねり、他方の端に貼り合わせた形状の図形(曲面)である。メービウスの帯ともいう。

数学的には向き付け不可能性という特徴を持ち、その形状が化学や工学などに応用されているほか、芸術や文学において題材として取り上げられることもある。

メビウスの帯の名前は1790年生まれのドイツの数学者アウグスト・フェルディナント・メビウスの名に由来する。彼は多面体の幾何学に関するパリのアカデミーの懸賞問題に取り組む過程でメビウスの帯の概念に到達し、1865年に「多面体の体積の決定について」という論文の中で発表した。実際にメビウスの帯を発見したのは1858年のこととされ、未発表のノートにメビウスの帯のことが書かれている。同じ1858年には同じくドイツのフランクフルトの数学者ヨハン・ベネディクト・リスティング(英語版)も別個にメビウスの帯を発見してノートに記しており、論文としての発表はメビウスより4年早い。2人の数学者が同時期に別個に同様の概念に到達したことは、カール・フリードリヒ・ガウスの影響による可能性もある。メビウスの研究は、メビウスの帯という曲面を発見しただけでなく、それが持つ向き付け不可能性という性質(後述)を、「(帯を)いくつかの三角形に分割して各三角形に向きをつけたとき、全体が同調するようにはできない」という形で厳密に定義したという点に意義がある。[1]

数学的には、メビウスの帯は連結・コンパクトで向き付け不可能な種数1・境界成分数1の2次元多様体(曲面)であるといえる。向き付け不可能とは表と裏の区別をつけることができないということである(単側性ともいう)。例えばメビウスの帯のある部分に(裏側にもインクがにじむように、あるいは帯が透明な素材でできていると考えて)「あ」という文字を書き、それを帯に沿って1周させて元の位置に戻すと、文字が反転して鏡像になってしまう。一般に曲面が向き付け不可能であることは、その曲面にメビウスの帯が含まれていることと同値となる。メビウスの帯は境界(近傍がユークリッド半平面[2]と同相な点の集合のことで、帯の端の部分)を持っているが、その個数は1つであり、2つの境界成分を持つひねりの無い通常の帯(アニュラス)とは異なる。

メビウスの帯は3次元ユークリッド空間 R3 に埋め込むことができ、媒介変数 r , t (-1≦r≦1 ,0≦t≦π)を使えば




と表示することができる。r =0とおいたときの閉曲線はメビウスの帯の中央を通る線でセンターラインと呼ばれる(座標空間上ではxy平面上の半径2の円となる)。r = -1 , 1の線が帯の両端にあたる。[3]

位相幾何学的には上のように媒介変数表示されたものと同相な位相空間をすべてメビウスの帯という。通常のメビウスの帯は半回転のひねりを1回だけ入れたものを考えるが、1回に限らず奇数回の半ひねりを入れた帯はすべて同相である(ただしひねりの回数が異なれば3次元空間での連続的な変形だけで移りあうことは無い)。半回転のひねりの入れ方にも時計周りと反時計回りがあるので、回数が同じでも左手系と右手系の2つがあることになる。メビウスの帯は通常の帯とは同相にならない。

メビウスの帯は、帯の幅を狭める写像を使えばそのセンターラインとホモトピー同値になる。ホモトピー同値であれば基本群が同型になるが、センターラインは前述のように円周になっているので、メビウスの帯の基本群は円周の基本群と同じ無限巡回群となる。よってメビウスの帯は単連結でない。[4][5]

また、メビウスの帯は前述のように1つの境界成分を持っているが、その境界成分に円板を貼り合わせると実射影平面(向きつけ不可能で種数1・境界成分数0の曲面)となる。逆に言えば、メビウスの帯は実射影平面から開円板を取り除いて得られる曲面ということになる。そのためある曲面と実射影平面の連結和をとることを「メビウスの帯を貼り付ける」と表現することがある。[6]