3=4=7の最小演算消去演算について

最小とするには「アイゼンシュタイン級数」にまで展開しないといけないのかもしれない。「アイゼンシュタイン素数のどちらか一方」を消去すればいいのかもしれない。あるいは「級数の収束半径」に着目して「距離空間としての接続性」を考えれば場合として最小とされる消去演算あるいは「規則」が見えてくるかもしれない。その場合の結び (join) を取り除けばいいのかもしれないし、交わり (meet) を取り除けばいいのかもしれない。若い子が『ある一点に縛られる』交わり (meet)は、私と違ってまだ子供を産んでいない『生きられない』という交わり (meet)から、子供を産んだことによって「生きられる」という余裕から、結び (join)という『ある種』緩い方法で結び付けられる接点と、宇宙際タイヒミュラー空間などによる新たな空間の評価によって本来有り得ない空間の結び付きを排除したことによる「点の評価」と「経路によって」競合がおきているのかもしれないし、見通しによってはその一点は結び (join)をふくまないものかもしれない。経路による結び (join)は本来その「距離」によって測られるものかもしれないし、空間によっては「交わり (meet)でも結び (join)でもなかった」となるのかもしれない。相互作用を起こさないニュートリノを想像していただくとわかりやすい。重破揺の機械を組み立てたことによって「必要となくなる」機械であればその交わりは「currency」なものであると判断できる。目的のない仕事は仕事としても一流のものではない。さて、生きること。私はこの文章を書いたとき、若い子が生きられない、生きたいということを書いたつもりだが、願わくばなんらかの交わりがあったときに永らく永らえるものであってほしい。「必要となくなる」機械のために作業するカテゴリーには属してほしくないものだ。消防団の飲み会や横領によってはパワハラの原因になるし、若い子も女性団員も「闇の組織」には属さない。自らのプラスにならない評判をおとしめるような組織にどうやって加盟する。消防団員であることを誇れないならいったいなんの報酬を得て地域社会とみずからのメタスペースをつなぐというのか。童貞を捨てるためのヤリ捨て…とはよくいったはなしであるが、かくいう私もそんな節があった…といえなくもない。消防団が作用を目的とした行政機関であることを忘れてはいけない。かくいう我々職員も市民が安全に永らえる作用を目的としていることを忘れてはいけない。持続可能とはいえない作用(端的にいえばヤリ捨てともいえる作用であるが)を永らえさせるわけにはいかない。「やりたければ反社会的勢力に入れ」などと無責任なことをゆうわけにもいかない。反社会的勢力は追放(いくところがないので追放もできないが)されるかその勢力は正しい方向に向かわなければならない。安く資源を輸出できるロシアに資源をもたない第三国が追従するように「ヤクザの親玉の傘下」に高い安いの関係でもって入っても、やはりヤクザの親玉は適当に稼いだところで内紛を起こさせるようないつまでも弱い立場に人命をやりとりさせるだろう。我々の高すぎる資源も多少問題ではあるが、こういった問題もマイクロファンドに代表されるような「損ではないけど決して得をするものではない」こころのやりとり「場合によっては身を張って不誠実を嗜める」ような人同士のやりとりを「決して楽になるとは思わず」にときには身を危険にさらして、いままで積み上げてきたものが「形としてなくなってしまう」んだとしても人としてはなしかけることをやめてはいけない。