逆にホーキング輻射を観測するとはどういうことなのか?「半古典的アインシュタイン方程式[4]」通常の恒星質量クラスのブラックホールでは宇宙背景放射の温度(3 K)よりもずっと低い[1]。太陽の数倍の質量を持つブラックホールの場合、数千万分の1 K 程度[注 1]

理化学研究所理研)数理創造プログラムの横倉祐貴上級研究員らの共同研究チームは、量子力学[1]と一般相対性理論[2]を用いて、蒸発するブラックホールの内部を理論的に記述しました。

本研究成果は、ブラックホールの正体に迫るものであり、遠い未来、情報[1]を蓄えるデバイスとしてブラックホールを活用する「ブラックホール工学」の基礎理論になると期待できます。

近年の観測により、ブラックホールの周辺のことについては徐々に分かってきましたが、その内部については、極めて強い重力によって信号が外にほとんど出てこられないため、何も分かっていません。また、ブラックホールは「ホーキング輻射[3]」によって蒸発することが理論的に示されており、内部にあった物質の持つ情報が蒸発後にどうなってしまうのかは、現代物理学における大きな未解決問題の一つです。

今回、共同研究チームは、ブラックホールの形成段階から蒸発の効果を直接的に取り入れた理論的解析を行い、「物質の量子力学の効果を含むアインシュタイン方程式[4]」の新しい解を得ました。その結果、ブラックホールはイベントホライズン[5]を持たない高密度な物体であることがわかりました。これは、ブラックホールはあらゆる物体が強い重力の下で取り得る極限的状態であることを示しています。この解はブラックホール内部の物質と時空を直接記述することができるため、内部に入った物質の情報を追跡できます。今後の研究により、蒸発後にその情報がどうなるのかを理解できる可能性があります。

質量(エネルギー)を持つ全ての物質は、万有引力によって互いに引き合っています。そのため、物質が集まり非常に高密度になると、自身の重力に耐えきれずつぶれてしまいます。その結果として作られる物体が「ブラックホール」です。

重力を時空の曲がりとして記述する一般相対性理論に基づくブラックホールは、重力が非常に強いため時空が極端に曲がった、光さえも脱出できない真空の領域です。ブラックホールとその外側の境界を「イベントホライズン[5]」といい、その半径はブラックホールのもととなった物質の質量(エネルギー)で決まり、「シュワルツシルト半径[6]」と呼ばれます。

近年の観測により、ブラックホールの周辺のことは徐々に分かってきました。しかし、ブラックホールの内部からの信号はイベントホライズンから外に出てこられないため、その内部のことは何も分かっていません。

ところで、物理学において私たちの世界は、時空を記述する一般相対性理論と、物質を構成する電子や陽子などの微視的な物理現象を記述する量子力学の二つの理論によって記述されます。したがって、重力が強く物質から作られるブラックホールに対しては、一般相対性理論だけでなく量子力学も重要なはずです。

量子力学の効果が加わると、ブラックホールの様相が一変します。曲がった時空の持つエネルギーと真空の量子力学的効果によって、ブラックホール近くの真空から光の粒子(光子)が作られ、徐々に放出されます。これを「ホーキング輻射」といいます。ホーキング輻射により、ブラックホールの質量は徐々に減っていき、最終的には蒸発してしまうと考えられています。

では、ブラックホールの蒸発後、その内部にあった物質の持つ情報はどうなってしまうのでしょうか。一見すると、内部の情報はイベントホライズンに閉じ込められ出てこられないにもかかわらず、ブラックホール自体は蒸発により消えてしまうため、情報は消失するように思えます。もしそうならば、それは「情報は必ず保存される」という量子力学の原理に反することになります。これは「情報問題」と呼ばれ、現代物理学における大きな未解決問題の一つです。情報問題は、「ブラックホールとはいったい何か?」を考え直させる原理的な問題であるともいえます。

共同研究チームは、蒸発の効果を最初から取り入れて、物質が重力でつぶれていく過程を理論的に解析しました。

球状の物質でこの過程を考えてみましょう(図1A)。連続的に分布した球状物質を、たくさんの球状の層の集まりと見なします(図1A1)。各層は、多くの粒子から成るはずです(図1A2)。その中の一つの粒子が重力により引かれ、中心に落下している様子を考えます(図1A3)。その重力は、粒子より内側にある物質のエネルギーによって決まります。そのエネルギーに相当するシュワルツシルト半径(図1A3の赤い破線)は、ホーキング輻射によりエネルギーが減っていくために時間とともに小さくなります。このとき、落下してきた粒子がシュワルツシルト半径の近くまでやってくると、落下と蒸発の効果が釣り合って、蒸発が先に生じている分だけ、粒子はシュワルツシルト半径に届きません(図1A3)。その結果、粒子はシュワルツシルト半径を通り越さず、そのわずかに外側のある所に近づいていきます。

これと同じことが球状物質のあらゆる所で生じ、この物質全体は収縮して、中身の詰まった高密度な物体ができあがります(図1B)。特に、最も外側の層を成す粒子たちは、全エネルギーに相当するシュワルツシルト半径のわずかに外側の所に近づいていくため、それがこの高密度な物体の表面になります。このイベントホライズンを持たない高密度な物体がブラックホールです。表面の半径とシュワルツシルト半径の差がわずかであるため、外からは、これまで考えられてきたブラックホールのように見えます。そして、非常に長い時間が経過した後、最終的には蒸発してしまいます(図1C)。

重力でつぶれていく球状物質の内部を表す時空計量[2]と波動関数[1]を、物質の量子力学の効果を含むアインシュタイン方程式である「半古典的アインシュタイン方程式[4]」の解として構成したところ、上記の描像が示されました。その解には特異点[5]は現れず、また、真空の量子力学的効果により発生した大きな圧力が物質を支えていることが分かりました。

図1のAからBは、重力が極限的に強くなり物質が「凝集する」過程であり、それは水分子が水蒸気(気体相[7])から水(液体相)になる過程に似ています。また、BからCの蒸発過程は、逆に水が水蒸気に変化することに相当します。この現象は、万有引力により全ての物質に対して普遍的に生じます。その意味で、ブラックホールとは、あらゆる物質が強い重力下で極限的にとる状態、すなわち「ブラックホール相」だといえます。

この解では、物質がブラックホール内部にどのように分布しているのかが分かるため、その情報(波動関数)がどこにあるのかを特定することができます。実際に、情報が内部で取り得るパターンの総数(情報量、エントロピー[8])を調べると、それは熱力学[8]から導かれる結果「ベッケンシュタイン・ホーキング公式[9]」に一致します。これは、本研究で得られたブラックホールの内部構造が、これまで知られていたブラックホール外部の振る舞いと整合的であることを意味しています。

ベッケンシュタイン・ホーキング公式
プランク長(おおよそ10-35m)は、時空の長さの解像度の限界だと考えられている。ブラックホールの表面積をプランク面積(おおよそ10-70m2)で割った量を1/4倍したものがブラックホールエントロピーであると、ブラックホールに対する熱力学により予言されている。これをベッケンシュタイン・ホーキング公式という。ブラックホールは3次元空間の物体であるにもかかわらず、その情報量は表面積に比例するという不思議な性質を持つ。本研究は、この公式をブラックホール内部の微視的構造から再現した。

ホーキング放射(ホーキングほうしゃ、英語: Hawking radiation)またはホーキング輻射(ホーキングふくしゃ)は、スティーヴン・ホーキングが存在を提唱・指摘した、ブラックホールからの熱的な放射のことである。

ブラックホールは熱的な特性を持つだろう」と予言したヤコブ・ベッケンシュタインの名前を取って、ベッケンシュタイン・ホーキング輻射(Bekenstein-Hawking radiation)と呼ぶこともある。

一般相対性理論が予言するブラックホール天体には、量子効果を考えるならば、熱的な放射がある、と1974年にホーキングが提唱した。

ブラックホール絶対温度 T が次式で定義される[1]。T=ħc^3/8πkGMつまり、ブラックホールはその質量M で決まる温度 T の熱放射を放出していることになり[1]、完全に「黒い」わけではない。これがホーキング放射である。ホーキング放射はエネルギーを外部に放出するので、ブラックホールの質量は減少する。上式から、ブラックホールは質量M が小さければ小さいほど高温であるといえる[1]。とはいえその温度は、例えば太陽の数倍の質量を持つブラックホールの場合、数千万分の1 K 程度[注 1]となり、通常の恒星質量クラスのブラックホールでは宇宙背景放射の温度(3 K)よりもずっと低い[1]。簡略化された説明では、量子力学的に真空ゆらぎからトンネル効果により粒子がブラックホールの事象の地平線付近で対生成を起こす。その対生成で出来た二つの粒子の一方

 

(負のエネルギー粒子)が地平線に向かって落ち、片方(正のエネルギー粒子)が外へ放射される。

 

エネルギー保存の法則からブラックホールの質量エネルギーは下がる。つまり質量を失う。この放射がホーキング放射であるとされる[2]。

2016年、イスラエルの科学者ジェフ・スタインハウアーは、音速以上に物質を加速させることで音響的な事象の地平面(ブラックホール)を再現し、そこに一対のフォノンを発生させ、一方は事象の地平面に吸い込まれ、一方は事象の地平面から放射されるように移動する、ホーキング放射と同様に見える現象を確認したと発表した[3]。ベッケンシュタイン境界(ベッケンシュタインきょうかい、Bekenstein bound)は、エントロピー S、あるいは、情報量 I の上界であり、与えられた有限な領域の空間内には有限なエネルギーしか持たない、また逆に、与えられた量子レベルへ落とした物理系を完全に記述する情報の最大量があることを意味する。[1] このことは、物理系の情報量、あるいは系を完全に記述するのに必要な情報量は、空間の大きさやエネルギーが有限であれば、有限でなければいけないことを意味する。このことは有限の大きさとエネルギーを持つ物理系に対して最大の情報量プロセス率(ブレマーマンの境界(英語版)(Bremermann's limit))が存在し、有限の物理的次元で無限のメモリを持つチューリングマシンは、物理的に不可能であることを意味する。[要出典]S≦2πkRE/ħc重力は力として重要な役割を果たすが、それに対し、境界の表現はニュートン定数 G を含まないことに注意する。情報量の項として境界は、I≦2πcRm/ħcln2するビットの数であらわされる情報量である。ln 2 の要素は、情報量を量子状態の数の2進数の対数として定義することから来る。質量とエネルギーの等価性を使うと、≒2.577×10^43(m/kg)(R/m)ベッケンシュタインはブラックホールを意味する発見的方法から境界を導出した。境界を破る、つまり、大きすぎるエントロピーを持つような系は、ブラックホールの中でエントロピーを下げることにより熱力学第二法則を破ることは可能かもしれないとベッケンシュタインは論じた。1995年にテオドール・ジェイコブソン(英語版)(Theodore Jacobson)は、アインシュタイン場の方程式(つまり一般相対論)がベッケンシュタイン境界と熱力学の法則が正しいことを前提とすると導出できることを示した。[5][6] しかしながら、熱力学の法則と一般相対性が互いに整合性を持つために、ある境界が存在する必要があることを占めることには数々の議論があるが、一方、境界の正確な定式化は、論争となっている。[2][3][7][8][9][10][11][12][13][14][15]

3次元ブラックホールのホーキング・ベッケンシュタインのエントロピーは、正確に境界S=kA/4,A=ħG/c^3で飽和することが起きる。ここに A はプランク面積 の単位でブラックホールの事象の地平線の 2次元面積である。境界は密接に、ブラックホールの熱力学やホログラフィック原理や量子重力の共変エントロピー境界(covariant entropy bound)[16]と関連していて、後者の予想されている強い形から導出することができる。

平均的な人間の脳は、1.5 kg の重さと 1260 cm³ の体積を持っている。脳が球に近似しているとすると、球面の半径は 6.7 cm となる。

情報量的なベッケンシュタイン境界は≒2.6×10^42 ビットとなり、量子レベルに落とした平均的な人間の脳を完全に再現するのに必要な最大の情報量を表している。このことは、人間の脳の状態の数O=2^Iが、 ≒10^7.8×10^41よりも小さいはずであることを意味している。