炭酸ガスレーザー(たんさんガスレーザー、carbon dioxide laser、CO2レーザー)はガスレーザーの一種であり、気体の二酸化炭素(炭酸ガス)を媒質に赤外線領域の連続波や高出力のパルス波を得るレーザーである[1][2]。供給エネルギーに対して10-15%程度、最高で20%ほどの出力が得られる[3][4]。9.4μmと10.6μmを中心とする2つの波長帯で発光する。
炭素ガスレーザーにおける反転分布は、次のような過程を経てなされる。
電子が衝突することで窒素分子の振動が激しくなる。窒素は等核分子なので、光子を放出してもエネルギーを失わず、その高い振動準位は準安定で長時間持続する。
窒素分子と二酸化炭素分子が衝突し共鳴励起することでエネルギー交換が行われると、二酸化炭素分子も振動準位が高くなる。基底状態の分子よりも多くの二酸化炭素分子が上準位に遷移することでその領域が反転分布状態に達すると、わずかな光子の通過や衝突によって誘導放出が連続的に発生しレーザー発光となる。二酸化炭素分子に電子が直接衝突することでもエネルギーを受け取り、反転分布に到達する。
大きな振動エネルギーを持った(熱い)状態の窒素分子や二酸化炭素分子は、冷たいヘリウム原子などとの衝突によって基底状態へと遷移し冷やされる。
一般にガスレーザーはエネルギー効率が悪いが、炭酸ガスレーザーは例外的にエネルギー効率が良好である。これは他の分子では基底状態から反転分布状態までの準位差が広いわりに発光に使われるエネルギーはそのごく一部に過ぎないためであるが、窒素分子と二酸化炭素分子の組合せでは、励起状態の窒素分子の振動エネルギーがちょうど二酸化炭素分子を反転分布状態に到らせるのに必要なエネルギーに合っており、(エネルギー交換や反転分布する前に冷やされる分子などがあることや、二酸化炭素分子も基底状態から反転分布までに得たエネルギーの半分程度しか赤外線放射に利用できないにしても)無駄が少ないためである。二酸化炭素分子は上の準位へ遷移後の準安定状態での持続時間が比較的長いことも、良好な効率に寄与している。
炭酸ガスレーザーの基本形式は、低圧の混合ガスを含んだパイレックスガラス製の放電管(光共振器)の一方の端には反射率99.5%以上の全反射鏡を置き、別の端には反射率35-60%程度の半反射鏡(部分反射鏡、出力鏡)を置き、光を遮らない放電管内の側面や両端に放電用の電極を備える。鏡の大きさに対応した円形などの広がりを持ち平行でコヒーレントな光出力が半反射鏡側から得られるので、その後、利用に適するようにレンズや凹面鏡で集光されたりビーム直径が絞られたりする。大出力の光を導くのに光ファイバが用いられることはあまりなく、波長に対応した高反射鏡が用いられる。[7][8]。光加熱の問題を低減するため、レーザー出力をより高出力のシステムに多段結合することもある。鏡は放電管の両端に一体として作られる他に、放電管の外に置かれるものがある。
用いられる鏡は銀が蒸着される。窓とレンズはゲルマニウムかセレン化亜鉛を使う。高出力が必要な場合は、金の鏡とセレン化亜鉛の窓とレンズが適当である。ダイヤモンドの窓とレンズを使う場合もある。ダイヤモンド製の窓は極めて高価だが、熱伝導率が高く硬いため、産業用の高出力レーザーには適している[9]。[要出典]
レーザーを増幅する媒質として二酸化炭素ガスを用い、その他のガスと混合して放電管と呼ばれる光共振器内に導入し、外部より電圧を加えてガス内で放電させる。出力が大きくなると水冷式になり、さらに高出力の場合は混合ガスを放電管外へ循環させる外部冷却方式が採られる。混合ガスの成分例を以下に示す。
二酸化炭素 (CO2) - 約10-20%
窒素 (N2) - 約10-20%
水素 (H2) またはキセノン (Xe) - どちらも数パーセント。シールド管でのみ使用。
ヘリウム (He) - 残りの全成分
レーザー加工機で用いられる大出力炭酸ガスレーザーでは、光共振器内で工業周波数帯と呼ばれる100kHz、2MHz、13.56MHzといった高周波電流により放電することで媒質に励起エネルギーを与える。これらでは、入熱などを考慮する必要から高周波の放電電流を断続させることでパルス波とし、繰り返し周波数は一定のままパルス波の長さを変化させデューティ比を変えることで出力を調整する。Qスイッチレーザーでは、音響光学的、電気光学的、または回転鏡式などによってQ値を調整することで短パルスながらピークパワーを高めている。
レーザー発振を連続すると、混合ガスが劣化するので休ませる必要があり、またヘリウム原子が熱を帯びるので冷やす必要もある。小出力用途で用いられる「封入型」では、ガラス容器の側壁から空冷(「低速軸流型」)や水冷で冷却される。大出力になると混合ガスは放電管内に封入されず、光出力と同軸方向(「高速軸流型」)や側面方向(「三軸直交型」)に高速の流れによって外部の冷却機構との間で還流される。[10]。 ガス圧が高いほど大出力にできるため、光共振器の両側面から電極をサンドイッチ状に配置して電圧勾配を高めることで大気圧でも放電を可能にしたTEA(Transversely Excited Atmospheric) 方式もある。
出力は、連続波出力がミリワット (mW) 単位のものから百キロワット (kW) 単位まで構築可能であり[11]、回転式ミラーや電気光学スイッチを使ったQスイッチでは、その場合のピーク出力はギガワット単位になる[12]。 二酸化炭素分子の特性から10.6μm と9.6μmの2つの波長を中心に9.2-10.8μm程度の幅をもって出力される。 実際このレーザーの遷移は直線状三原子分子の振動回転バンド上にあるため、光共振器を調整することでPバンドとRバンドの回転構造を選択できる。赤外での透過性素材はむしろ損失性があるので、周波数のチューニングはほとんどの場合回折格子を使う。回折格子を回転させると、振動遷移の特定の回転吸収線を選択できる。周波数の精密な選択にはエタロンを使うこともある。これと同位体置換を使うと、波数880 cm−1から1090 cm−1の範囲に連続的に分布する櫛歯形となる。このような炭酸ガスレーザーは主に研究用途で使われる[13]。
炭酸ガスレーザーは高出力が可能であるため、産業分野での加工用として切断や穿孔、溶接に使われ、中出力では彫刻などに利用されている。出力波長が水に吸収されやすいことから、生体生体組織を扱う外科手術でもレーザーメスなどで用いられる[14][15]。また、ラピッドプロトタイピングの光源としても利用されている[16]。
アクリル樹脂 (PMMA) は2.8μmから25μmの波長帯の赤外線を吸収するため、アクリル樹脂からマイクロ流体デバイスを製造するのに炭酸ガスレーザーが使われるようになってきた[17][18]。
赤外光は大気での吸収・減衰が比較的少ないため、LIDAR技術を使った軍事用の光波測距儀としてレーザーレンジファインダーに使われる。
Qスイッチとは、ジャイアントパルス(エネルギーの高いレーザー光)を得るために使用されるレーザーの技術。
一般的に、励起→反転分布→誘導放出の過程を経て得られる光の増幅はそう大きくない。 そこで、Q-スイッチ法では非常に多数の原子が励起状態になるまでQ値を低くして発振を抑え、十分に多くなったのち再びQ値を高くし発振させる方法である。 例えるなら、ダムに貯まった水を一気に放出するようなものである。 具体的な方法としてレーザー媒質と出力ミラーの間に回転プリズムや吸収体を置いたり、出力ミラー自身の位置を変えるといったさまざま方法がとられる。
Q値(英: Quality factor、品質係数Q)は主に振動の状態を表す無次元量である。弾性波の伝播においては、媒質の吸収によるエネルギーの減少に関係する値である。振動においては、1周期の間に系に蓄えられるエネルギーを、系から散逸するエネルギーで割ったもので、この値が大きいほど振動が安定であることを意味する。また、Q値は振幅増大係数とされる場合もある。これは、共振周波数近傍での強制振動における最大振幅が静的強制力による変位のQ倍となることから解釈される。振動子や電気回路の場合には一般にQ値が高いほうが望ましいが、逆にQ値が高いほど応答性が悪くなり、起動時間が長くなるという面もある。
振動する物理量の実際の振動状態は、周波数軸に展開した振動振幅(英: Amplitude)や位相(英: Phase)のスペクトラムにより理解される。振動スペクトラムの共振ピーク近傍の形はその振動系の振動状態を特徴付ける。Q値とは
Q
=
ω
0
ω
2
−
ω
1
Q={\frac {\omega _{0}}{\omega _{2}-\omega _{1}}}
で定義される無次元数。ここで、
ω
0
\omega _{0}、
ω
1
\omega _{1}、
ω
2
\omega _{2} はそれぞれ共振ピークでの共振周波数、共振ピークの左側において振動エネルギーが共振ピークの半値となる周波数、共振ピークの右側において振動エネルギーが半値となる周波数である。ここで
ω
2
−
ω
1
{\omega _{2}-\omega _{1}} を半値幅と呼ぶ。
Q値の低い機械振動系は振動エネルギーの分散が大きい系である。 Q値の高い構造物では一旦振動が開始されると振動が長く続く。
Q値が低い素材は振動がすぐに減少する性質がある。これを利用して防振材、防音材に用いられる。
混合ガス(こんごうガス)とは、各種高純度ガスを原料とし、それらを混合したガス。
溶接、特にアーク溶接において、溶接部に空気が混入することを避けるために混合ガスが用いられることがある。溶接で溶融している金属に空気が接すると、大量の窒素が金属の中に溶け込む。溶融金属が凝固する際、この窒素が一気に析出し泡となってそのまま固まってしまう。この状態になると溶接部分の機械的強度が著しく低下し、接合部分が非常にもろくなってしまう。そのため空気中でアーク溶接を行うには何らかの方法で空気と溶接部を遮断する必要があるのである。このように溶接部を空気から遮断するために用いられるガスのことをシールドガスと呼ぶ(シールドガスのアーク溶接における役割、機能についてはシールドガスおよびアークとシールドガスに詳述)。
シールドガスとして用いられる混合ガスとしては、不活性ガス(アルゴンなど)と二酸化炭素の混合ガスが有名である。この混合ガスを用いて行うアーク溶接を特にマグ溶接と呼ぶ。
半導体製造において、ウェハー上の結晶を促進させるなどさまざまな目的で混合ガスが使用される。半導体製造で用いられる混合ガスの種類は1万を超え、それらのほとんどが人体にとって有害なガスである。よってその取り扱いには細心の注意を払う必要がある。
比較的よく使用される混合ガスには、ヘリウムと酸素を混合したヘリオックス(HELIOX)、窒素と酸素を混合した(普通の空気よりも酸素の割合が多い)ナイトロックス(NITROX)、ヘリウム、窒素、酸素の3つを混合したトライミックス(TRIMIX)の3種類がある。それ以外、アルゴンと酸素を混合したアルゴックスや水素と酸素を混合したハイドロックスなど試験段階の混合ガスもある。
ヘリオックスとは、ヘリウムと酸素の混合気体の名称である。人工的に合成した呼吸ガスで、通常は窒素酔いが発生する45m以深の深度で使用し、その深度に合わせて酸素分圧を調整する。酸素分圧はUPTD(Unit of Pulmonary Toxic Dose、肺毒性単位)を考慮して混合される。不活性ガスであるヘリウムは、窒素と比較して体内へのとけ込みは早く、また体外への排出が遅いため、短時間あるいは浅い深度での潜水では、空気潜水(普通の空気を使用した一般的な潜水)よりも減圧停止時間が長くなる場合がある。ヘリウムは熱伝導率が高く使用時間によって体温の保持を考慮(ホットウォータースーツの使用が一般的で、極寒地では呼気を暖めるためガスヒーターを用いる)する必要がある。大深度においては、高圧神経症候群等も考慮する必要がある。またヘリウムを大量に産出する北米を除けば、ヘリウム自体が非常に高価なため、ヘリオックスを使用する潜水は、潜水ベルを使用したバウンス潜水や、DDC等を使用した飽和潜水等のシステム潜水が主である。閉鎖式スクーバや半閉鎖式スクーバ、あるいは送気式潜水では、ダイバーが吐き出したガスを回収するホースを付加(大循環)していたが、機器トラブルや管理が煩雑であるため呼気中のヘリウムを再利用できる形で使用するのは商業潜水においては一般的ではない。
ナイトロックスとは、窒素と酸素の混合気体の名称である。一般に空気より酸素分圧を高め高圧環境下における不活性ガスの解け込みを減少させる目的で使用する。しかし酸素中毒、毒性等の問題があり水深20~30m程度で使用するのが一般的で無減圧時間の延長と減圧停止時間の短縮を目的として使用する混合ガスである。たとえば一般的に使用される酸素32%窒素68%のナイトロックスを使用した潜水では、水深37mにおける窒素分圧が通常の空気潜水における水深31mに相当することとなり、タンクを用いたスキューバ式潜水では減圧時間の短縮により潜水時間を長くとることが出来る。言い換えるとナイトロックスを使用することによりある一定に条件下では水中での活動時間を長くすることが出来る。したがって潜水時間と減圧時間の比率に限ると空気を使用して潜水する場合に比較して減圧症に罹るリスクを若干ではあるが軽減出来ることになる。しかし前述のナイトロックスを使用した場合、水深40mを超えると酸素分圧が1.6気圧を超えるのでこのガスの使用深度は最大でも水深40m、理想的には酸素分圧が1.4気圧におさまる水深33mまでにすべきでそれを超えて使用する場合は急性酸素中毒等のリスクを十分に承知した上で使用すべきである。使用するガスが酸素と窒素というごく一般的なガスであるため、他の混合ガスと比べ非常に安価に製造できるという利点があるが、あくまで人工的に製造した呼吸ガスであることを理解して使用すべきである。ガスの製造にあたっては国家資格と許可を得た製造施設が必要で人工的に製造する呼気ガスの混合方法、検査方法など専門知識が必要であるためこの点を注意すべきである。
トライミックスは、ヘリオックスの欠点である高圧神経症候群を回避する目的で、鎮静作用をもたらす窒素を添加したものである。高価なヘリウムを節約できるのでテクニカルダイバーの主流になる混合ガスになる。 窒素酔いを回避する為、水深40m以上の比較的浅い水深より使われることも多くなった。 また水深130m以上の大深度潜水においてはトライミックス潜水が一般的である。
テクニカルダイビング(英語:technical diving)とは、オーバーヘッド環境(閉鎖環境)や減圧(仮想閉鎖環境)を伴う潜水のことである。
混合ガスを使用してとくに大深度へ潜水する場合には、深度に応じて呼吸する混合ガスの組成を変えることも必要になる。
たとえば水深150mまで潜水する場合、水深150mで酸素分圧を1.4気圧以下に抑えるためには酸素濃度9%以下の混合ガスを使用する必要がある。しかし、低酸素濃度の混合ガスを水面近くで呼吸すればただちに酸素欠乏を起こす。つまり、深いところでは酸素中毒の防止のため酸素の割合が低い混合ガスを使用し、浅いところでは減圧停止の時間を短くする意味でもできるだけ酸素の割合が高い混合ガスを使用する必要がある。
閉鎖式スクーバでは酸素分圧は設定した範囲に自動的に調整されるが、半閉鎖式スクーバや一般の開放式スクーバを使用する場合使用中に酸素分圧を変更することはできないので、深度別に何種類もの混合ガスのタンクを携行するか、あらかじめ必要な深度に必要な混合ガスのタンクをロープなどで固定しておく必要がある。