光子気体(こうしきたい、英: photon gas)、もしくは光子ガスは、光子の気体に似た集合のことである。ここで「似た」と述べたのは、系の圧力、温度、エントロピーといった物理量に関して、水素やヘリウムといった一般系な気体と同様の性質を示すことを指す。
1種類の粒子からなる理想気体の系の状態は、例えば温度・体積・粒子数の3つの状態変数によって一意的に表せる。しかし、黒体輻射(より考えやすくは空洞放射)の場合、エネルギー分布は光子と物体(通常は空洞の壁)の相互作用で決まる。この相互作用において、光子数は保存されない。すなわち、黒体輻射における光子気体の化学ポテンシャルはゼロである。よって、黒体輻射を記述するために必要な状態変数の数は、理想気体のときよりも少なく2つ(例えば温度と体積)である。
十分大きな気体分子の系において、分子のエネルギーはマクスウェル・ボルツマン分布に従う。この分布に達するためには、分子が互いに衝突し、エネルギーと運動量を交換するプロセスを経る必要がある。光子気体においても平衡状態は存在するが、光子同士は相互作用しないため[1]、光子気体は何らかの別の方法で平衡状態に達することになる。
一般的に、光子気体系の平衡状態は、何らかの物体と相互作用することによって達する。光子気体系が入っている箱を想定し、光子が壁に吸収され、壁から放出されるとする。壁がある温度になっているとすると、光子気体のエネルギー分布はその温度の黒体輻射のエネルギー分布と一致する。
光子気体の、通常の気体分子系との最も顕著な違いは、光子気体の粒子数は保存されないことである。壁の物体中の電子に光子が衝突すると、電子はより高エネルギーの状態に励起され、光子気体系から光子は消滅する。励起された電子は、いずれ、より低いエネルギー状態に戻る(緩和)が、緩和が何段階かで起こるのであれば、その都度光子が放出される、光子気体系に光子が増えることになる。この過程において、放出される光子のエネルギーの和は吸収された光子のエネルギーと等しいが、光子数は変化しうるのである。このように、光子気体には粒子数の保存則がなく、その帰結として光子気体の化学ポテンシャルはゼロであることがわかる。
光子気体の熱力学的性質は、量子力学的な計算を用いて求めることができる。単位体積・振動数に対するエネルギー密度のスペクトル u は、以下のようになる。
h はプランク定数、c は光速度、ν は振動数、kはボルツマン定数、T は温度である。
振動数について積分し、体積 V を掛けることで、光子気体の内部エネルギーを求められる。
同時に、光子数 N は次のようになる。
ここで ζ(n) はリーマンのゼータ関数である。なお、ある温度に対し、粒子数 N は体積 V のみに依存する、すなわち光子密度は一定になることが分かる。
光子は、本質的に相対論的量子力学に従う気体の状態方程式によって記述される。すなわち、
以上の式を組み合わせると、光子気体の状態方程式が導出され、理想気体の状態方程式と似た形になる。
以下の表に、光子気体の熱力学的な関係式をまとめる。なお、圧力は体積に依存せず、 と書ける。
光子気体における状態方程式
状態関数 (T, V)
内部エネルギー
粒子数
化学ポテンシャル
圧力
エントロピー
エンタルピー
ヘルムホルツの自由エネルギー
ギブスの自由エネルギー
光子気体の熱力学的過程の一例として、動くピストンがついたシリンダーを考える。シリンダーの壁は「黒い」、すなわち光子気体系の温度はシリンダーの温度に一致するとする。これにより、シリンダーの内部は黒体輻射による光子気体系とみなすことができる。通常の分子気体とは異なり、光子気体は外部から「入れておく」必要はない。壁の物体から光子が生じるからである。内部の体積が極めて小さくなるまでピストンを押し込むことを考えてみよう。シリンダー内部の光子気体はピストンを押し返し、ピストンは体積が大きくなる方向に動く。ここで、過程が等温準静的であるとして、ピストンには逆向きの力を掛けておき、極めてゆっくりとしか動かないものとする。このときの力は、光子気体の圧力にピストンの断面積 A を掛けたものに等しい。この過程を、系の体積が V0 になるまで一定温度で行う。ピストンの移動距離 x における力の積分が、光子気体のした仕事 Wになるので、
ここで、V = Ax を用いた。また、定数 b を
とおくと、圧力は、
と書けるから、これを積分し、仕事は
光子気体の生成のために加えられた熱 Q は、
H0 は終状態におけるエンタルピーである。エンタルピーは、光子気体を発生させるに必要なエネルギーの量であるとみなせる。
シュテファン=ボルツマンの法則(シュテファンボルツマンのほうそく、英語: Stefan–Boltzmann law)は、熱輻射により黒体から放出される電磁波のエネルギーと温度の関係を表した物理法則である。ヨーゼフ・シュテファンが1879年に実験的に明らかにし、弟子のルートヴィッヒ・ボルツマンが1884年に理論的な証明を与えた。「ステファン」のカナ表記、呼称も用いられる。
この法則によると、熱輻射により黒体から放出されるエネルギーは熱力学温度の4乗に比例する。 放射発散度を I、熱力学温度を T とすれば
という関係が成り立つ。放射発散度と熱力学温度の関係として表した時の比例係数 σ はシュテファン=ボルツマン定数と呼ばれる。
現実の物体は黒体であるとは限らない。その場合は 0 ≤ ε ≤ 1 の係数を用いて
のように補正される。 係数 ε は放射率(emissivity)、もしくは射出率と呼ばれる。厳密には放射率は波長に依存するため、この関係は近似的なものである。
放出されるエネルギーを放射輝度 L で表せば
となる。 空間に放出された電磁波のエネルギー密度 u で表せば
となる。
シュテファン=ボルツマン定数
Stefan–Boltzmann constant
記号
σ
値
5.670367(13)×10−8 W m−2 K−4 [1]
相対標準不確かさ
2.3×10−6
語源
ヨーゼフ・シュテファン
ルートヴィッヒ・ボルツマン
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シュテファン=ボルツマン定数は、シュテファン=ボルツマンの法則において、黒体の温度と放射発散度を結びつける物理定数である。 記号は通常 σ が用いられる。 シュテファン=ボルツマン定数はプランクの法則により他の普遍定数と理論的に関係付けられている。 その値は
である(CODATA2014推奨値[1])。ここで c は光速度、h はプランク定数、k はボルツマン定数である。
放射輝度との関係として表した時の係数は
となる。また、エネルギー密度との関係として表した時の係数は
となる。
この法則は光子気体のエネルギー密度 u と圧力p の関係
から導くことができる。これと U = uV を熱力学的状態方程式
に代入することで微分方程式
が得られる。これを解くことで
が導かれる。
この法則とヴィーンの変位則により、黒体輻射における電磁波のスペクトルの形に対する制限が見いだされる。
波長 λ で表した放射発散度のスペクトルは
となる。あるいは、振動数 ν で表したスペクトルは
となる。
実際、全ての波長について積分した放射発散度は
となり、積分が収束すればシュテファン=ボルツマンの法則 I∝T4 が導かれ、シュテファン=ボルツマン定数が
と計算される。
プランクの法則によれば、振動数 ν で表した放射発散度のスペクトルは
で与えられる。 これは
の形をしている。放射定数は
であり、シュテファン=ボルツマン定数は
となる。
積分はゼータ関数の特殊値の知識を用いて計算される。 ガンマ関数を用いたリーマンゼータ関数の定義式
により、この積分は
となる。
従って、シュテファン=ボルツマン定数は
と計算される。
高周波数領域における近似式であるヴィーンの公式においては
の形をしており、積分は
となる。2つの放射定数がプランクの法則に基づく値と等しいとしてシュテファン=ボルツマン定数を計算すれば
となり、プランクの法則から導いた値と比べて少し小さい値となる。
低周波数領域における近似式であるレイリーの公式においては
の形をしている。積分は
であり、発散してしまう。
この法則を用いて太陽の表面温度を概算することができる。 シュテファン自身もこの法則を用いて、太陽の表面温度を約6000 ℃と推定している[2]。
太陽が時間あたりに放出する電磁波の放射エネルギー(全放射束、天文学における光度)Lsは、太陽の半径を Rs とすると太陽の表面積は 4πRs2 なので、太陽を黒体であると仮定して、シュテファン=ボルツマンの法則より太陽の表面温度を T として
と表される。
地球付近で太陽の方向に向いた面への放射照度E は太陽定数と呼ばれる量で、大気圏外の人工衛星による観測でその値が知られている。 太陽と地球の距離を a とすると、放射照度の放射強度 I への換算は
となる。放射強度を全ての方向について足し合わせれば全放射束となる。太陽が全ての方向へ等しく放出していると考えれば、全立体角 4πをかけて
となる。 従って太陽の表面温度は
と表される。
それぞれの定数の値[3]、太陽定数 E=1.37×103 W/m2、軌道長半径a=1.496×1011 m、太陽半径 Rs=6.960×108 mを代入すれば、表面温度は
と計算される。