深海に居住すれば温度は1.5℃までしか下がらない

原子力潜水艦を使って長期間潜水していることに隊員の忍耐力が限界を示していることはよく言われる話だ。日本は原子力潜水艦を持っていないから、潜水艦の性能が期間の限界となっている。

もし潜水艦が静粛性を必要とされないものであれば、海の性質を利用して必要な機能を取り入れることもできるだろう。

地上の冬は-10℃ぐらいはいくところはたくさんあるから、もし水中に暮らすことができれば1.5℃よりは下がることはない。

原子力を持っている限界はこの意味では人間の忍耐力であるが、機能を利用して潜水期間を延長させることは人間の体にも良い。最強か最強でないかは問題ではない。

油田に潜水艦がエウクレイデス、ガニメデと似ているからといって、地球全体を油田にする必要はない。地球人全員が入れるほど油田はない。海水の量は、約14億立方km。油田は400立方km。全体が油田である方が早く全体にリニア鉄道が通ることは期待できるかもしれない。だがプレッシャーの少ない海水の量が多い方がぬるいバイアスとしてふつうなのだ。淡水ならいうまでもない。それを考えれば原子力よりリニアの方が安全であるかもしれない。原子力は現行法のロケットシステムと大差ないのかもしれない。いずれにしても宇宙にて安全に暮らしていける方法ではないのかもしれない。宇宙での航法もベクトルポテンシャルが安全なのかもしれない。ペンでものを書く方法もベクトルポテンシャルが普通なのかもしれない。右とか左とか頭のSとかNとか時間を使ってやるもんじゃないのかもしれない。

反対に抄紙機のモーターに超伝導を使うのもいいかもしれない。電力量が多いとか少ないとか、そういうものの測り方がそもそも間違っているのかもしれない。いつぞや我々は他人を他人と思い込むのだろう。出会ってすぐとか、多くの人に知り合いすぎたとか。そのときがもうすでに電気の価値の境目なのかもしれない。いつ多くの人を相手に仕事を始めるようになったのか。すでに仕事を始めたのだから、いままでの電気の使い方をしている人は落ちてくる。崇めると何やってもいいはある意味一緒だ。我々はすべての人に対応を考えなくてはならない。木がいかにして上に伸びているか。それはベクトルポテンシャルとして上に伸びているわけではあるまい?雷のように入ってくる。逆にそれしか我々と接点がない。